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太刀と青い鞭を手に持つ神崎目掛け突貫。一気に距離を詰める。
太刀と鞭は距離を詰められると格段に攻撃力が下がる武器だ。懐に入りさえすれば手数で押せる。
神崎まで数メートルの距離。彼が腕を振り上げた。鞭の先端は視認できないほどの速さで振り下ろされる。だから見るべきは彼の腕。振り下ろされる瞬間に予測して避ける。
鞭が風切り音を鳴らし、私の右を叩いた。
さて、次はどう来る?
と、警戒していたのだけどあっさり神崎の懐に到着。そのまま拳を叩きつける....が距離を取られた。だけど無傷では無い。彼の頬から耳にかけて一筋の傷ができていた。どうやら拳が掠ったらしい。
「あー....相性悪いなコレ」
神崎は鞭を見下ろし舌打ちすると青い鞭はスっと消えた。
「やっぱり慣れないもんは使わないほうがいい」
そう言いながら青いナイフを左手に持つ。そしてそれを投げてきた。さながら的当てのように軽やかな手つきで。
警棒で弾きながら前へ、前へ進む。義手の使い所を窺いながら慎重に、それでいて悟られない程度の苛烈さを持って歩を進める。
「.......なぁ、番ってどんな感じなんだ」
青い弾幕が途切れた瞬間、太刀を振り上げた神崎がすぐ目の前に現れた。
途端、首から腹にかけて死の気配がまとわりつく。ゾワリと背筋は粟立ち緊迫感に汗が垂れ落ちた。
それでも本能的恐怖を憎しみで捩じ伏せ、重い一撃を耐える。
今度はこちらの番。
しかし神崎は飛び退くように下がり、私が追って来れないよう青いナイフを数本投げてきた。
また青い弾幕だ。
まさか、神崎の狙いは私の消耗?.....五大家のくせにやることがセコいな。
やっぱり攻めるなら心の方か。
「番はどんな感じかって?それを聞いてどうするの!?貴方にはつがう相手がいないっていうのに!!」
神崎のヒットアンドアウェイを耐えながら、頭の隅でボンヤリ番について思いを馳せる。戦闘中にこんなこと考えるなんて自殺行為だが、どうしても止まらない。私の番。私の孝仁.....
番というのは特別な繋がり
孝仁にうなじを噛まれた時、頭のどこかでカチリと何かが嵌った音がした。
それはとてもしっくりくるもので、あるべきものが戻ってきたような、暖かな毛布に優しく包まれるような.....そんな安心感と多福感を私にもたらした。
なのに、今はそれらが微塵も感じられない。
心は違うと叫び、あるべき場所に穴が空いたような虚無を抱え、暖かみのない広々とした空間に取り残されたような孤独を感じる。
寂しい
孝仁に会いたい
死にたい
孝仁が居なければ私は生きている意味なんて――
『文貴ーー!あの戦闘狂とやり合うなんてめっちゃ強いじゃん!?』
『おい!!!お前は台所に来るなっつっただろ!あ?「お腹すいた」だぁ??.....しょうがねぇなぁ、おにぎり作ってやる。ただそのかわり今日はサラダ作ってやんねぇ。肉を食え肉を』
『おぉぉぉ.....文貴君の説明めっちゃ分かりやすい。それに比べて清継ときたら....あーっ、ごめんなさい僕は何も言ってないよ!?ねぇ文貴君!!』
『いいか文貴。芙幸が何かやらかしたら遠慮なく頭にゲンコツを落とせ。絶対に調子に乗らせるな』
『文ちゃーん!僕はここに来ていません!!そういうことにしといてくださ――ってもう来た!?うわぁぁあ、モッチー先生の足止めお願いします』
『一条ーーーーーっ!――ん?鳥羽か。おい、一条見なかったか?......よし、西校舎だな。ナイスだ鳥羽。だけど次はとっ捕まえといてくれるとありがたい。.....ああ、そうなんだよ。アイツまた俺のTEMのカセットを人質に.....いや今はそれどころじゃねーー!!』
生きている意味なんて......
あれ?
私、孝仁が居なくてもちゃんと生きてた
それだけじゃなく、楽しそうに笑って......
「っ、ち、ちがう。違うよ孝仁!わた、私は孝仁が居なきゃ....!」
そんなのダメだ。嫌だ。私にとって孝仁は最も愛する人で、なくてはならない人で、そばに居なきゃ息すらできない存在で.....
「嘘つき」
「なっ!」
「お前にとって『つがい』は代わりのきく存在なんだ」
「ふざけるな!!私の番は孝仁だけだ!!」
「そうだな、番は孝仁だけだ。だけど失っても楽しそうに笑ってたじゃねぇか。さも番が自分の全てですってツラしておきながらのうのうと今日まで生きてきたじゃないか!つまり番がいても居なくてもいいってことだろ?代わりが効くんだろ?」
「私は記憶を失ってて.....!」
「見て見ぬふりをしたんだよなぁ?いくらでも気づける機会はあったのに」
「っそんなわけ――!」
「不安定な一人称。メールの口調。違和感はいくらでもあったはずだ」
やめろ
「孝仁の部屋なんてとっくにないのに。知らない奴が部屋から出てきた時どう思った?」
やめろっ
「失った記憶の代わりに歪な妄想を詰め込んで。その結果他者との齟齬が生じて不審な顔を向けられらたことは無かったか?」
やめろっ!!
「なぜ違和感から逃げた?なぜ気付こうとしない?この俺を殺したいくらい愛していたなら、思い出せなくとも自死くらいは選べたはずだろ?」
「神崎ぃぃぃぃぃ!!!!」
笑う神崎に感情のまま拳を振るえば、奴は避けずに手の平で受け止めた。だがよろめき後ろに下がる神崎に追い討ちをかけようとして、下から光に反射する白い刃が迫り――
「っぁ''!?!?」
すくい上げるように太刀が私の右目を斬り裂いた。
「俺だったら耐えられない。目の前でアイツが殺されでもしたら、数秒と待たず自身の喉元に氷杭をぶち込んで死ぬ自信がある」
右目は....大丈夫。まぶたが切られただけ。ああクソ!衝動的に手を出してしまった。
いや、あんなこと言われたら誰だって手が出るだろう。
「愛する人を目の前で殺されたこともないくせして、知ったふうに言うな!!!それにっお前が元凶だろう!?!?なにが「自死を選べたはずだ」だ!?勝手に殺して勝手に私の命を――」
「勝手に殺した?違う。お前らが俺に殺されに来たんだ。ったく、なんでピンポイントで俺の神経を逆撫ですることを言いに来るんだ。あぁクソ、今でも腹が立つ。幸せそうに、愛おしそうに顔を見合せ俺の前に並び立つお前らの姿っ!!」
左手で頭を押さえ、足元覚束無い様子でフラフラしだす神崎。いきなりどうしたんだろうか。
でも、チャンスだ
「頭痛い頭が、痛い.....ぐぅっ。俺が、俺の方が愛してるのに!!なんでお前らなんだ!?結ばれるのはどうして俺達じゃない!?」
知らないよ、そんなこと。でも強いてあげるとしたら.....
「貴方の独りよがりな態度が原因じゃない?衝動的に他人を殺す人間に誰が愛を囁くの」
そこら辺に落ちていたテーブルを掴み神崎目掛け投げつける。今度は椅子を、テーブルクロスを、ソファ席も。投げれるものは全て投げる。それに伴い前進。
投げつけたものは青い炎に焼かれたり、細切れにされたりと、たいしてダメージを与えてない。でもいい。それらは私が神崎に近づくためのただの隠れ蓑だから。
「.....俺とお前は仲良くできると思ったんだけどなぁ。どちらも兄弟を愛し求め、そして失っているから。この渇き、この行き場のない感情.....お前なら分かってくれると思っていたが、やっぱ無理か。まぁそれもそうだ。だってお前は否定されたことも、選ばれなかったこともないんだもんな?独りよがり?っはっは!置いてけぼりを食らったんだ、そうなるしかないだろ」
神崎の目は私を見失っている。
ならここは息を潜め殺意も他の感情も押し殺し機械的に手を動かす。投げる、投げる、投げる、投げつける。
周囲のもの全てをめちゃくちゃに投げ、そして最後に左の義手を放った。
「あぁ、そうだ....あの時は俺の力が足りなかった。意見を通す力が。だが今は違う!!今度こそ俺はアイツを────」
カツンと音を立て義手は神崎の1メートル手前に落ちた。奴の目が義手を追う。同時に私は太刀によってバラバラにされた破片舞う中を突っ切りテントウムシを軽く前方に投げ、手で目を覆い顔を逸らす。
─────カッ!!!
眩い光が当たりを包む。つけていた義手の重さからして私は爆弾系だとアタリをつけた。普通の爆弾か閃光弾。その二択のどちらか。爆弾は使いどころが難しいから使うとしたら閃光弾が望ましい。
だから閃光弾だと信じて義手を投げた。これは一種の賭け。
そして私はその賭けに勝った!!!
閃光弾と言えど学生の使う「もどき」のもの。だが戦闘狂も目を奪われた威力、神崎が無事とは思えない。
現に神崎は目を押さえあらぬ方向へ太刀を振っていた。
心が踊る。心逸る。
でもそれらの感情を抑える。ここまで来て失敗は許されない。
丁寧に、そして確実に.....殺す。
先程投げていたテントウムシをキャッチし、
私は神崎の背中目掛け
振り下ろ────
最初に感じたのは違和感。
――どうして私の目線が低くなっていくのだろう?
次に感じたのは違和感。
――どうして神崎は無防備に背中を見せたのだろう?
次に感じたのも違和感。
――どうして時間がゆっくり流れているように感じるのだろう?
身体が沈んでゆく。
右足が床を踏みしめていない。いつも通り踏み出したのに、まるで足が急に短くなったみたいだ。
床に血が飛び散っている。たぶん、私の血。赤い小さな斑点がまるで花のよう。
『見た目も匂いも完璧な花よりどこか欠点あったほうが可愛いじゃん』
『完成したらあげるよ。そのために今頑張ってドライフラワーの勉強してるんだ』
そういえば、あの花の名前はなんだっけ?
小さな花が寄り集まった花束。強烈な匂いが印象的だったあの花の名前は?
....ダメだ。思い出せない。帰ったら調べなきゃ。
残された足で床を蹴ってバランスを持ち直す。あの花の名前を調べるためにも、
そのためにもこの一撃は必ず────
嗚呼....
自分の口から失意のため息が零れ、他人事のようにソレを眺める。
私のテントウムシは宙を舞っていた。テントウムシを握り込む腕も一緒に孤を描き、以前見た光景がまた目の前で再現されている。
あと一歩なのに。腕を振り下ろすだけなのに。
足りない。
「どうして....」
「床に散らばった破片」
神崎が足を踏みだせばパキ....と破片が小さな音を立て踏み潰された。
なるほど....『音』ね。私は自分で自分の首を絞めたわけだ。どれだけ殺気や敵意を隠しても足元が疎かじゃとれる命もとれない、か.....。
右足、両腕を奪われテントウムシは手の届かない距離に落ちている。
完全なる詰み。
一歩も動けない私の前に立ち塞がる神崎を漠然と見上げていると、ふと視界端にこちらに駆け寄ってくる小さな影を捉える。
必死の形相。喉が裂けんばかりの悲叫が耳に届く。
私もあんな顔をしていたんだろうか?
震える足を懸命に前に出し、
『文貴』と叫び、
何がなんでも助けようとして。
......孝仁もこんな気持ちだったのかな?
もう助からないと分かっている身としては、なんだかとても嬉しい。こんなにも必死に自分の名前を呼んでくれる人がいるなんて.....。
───私って孝仁以外からも愛されていたんだ
ううん。私はそのことをずっと前から知っていた。でもわざと見て見ぬふりをしていたんだ。それを目の当たりにすれば命が惜しくなるから。
だから私は『彼』にニコリと笑い、神崎に向き合う。
氷のように凍てついた眼差しが私を見下ろしている。嘲笑や侮蔑、喜色...感情を一切乗せない赤い瞳。
それは身震いするほど恐ろしい。
『─────』
嗚呼、孝仁。
今なら孝仁の気持ちがわかるよ。
死ぬのはとても怖いし、私を大切に思ってくれる人を残して逝くのはとても辛い。
でも、最後に自分が愛されていると実感できて死ぬのは....そう悪いことじゃない。
迫り来る刀身を前に私は笑う。
神崎に?
いいや、違う。
あの日の孝仁にだ。
『─────』
あの時、私は彼に言葉を返すことができなかった。
遅くなってごめんね、孝仁。
『──愛してる』
うん、
私も
愛し、て───────
る
《side end》
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