命尽きるまで貴方を想ふ②

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《no side》 ごろり 重い音を立て転がるソレを前に湊都は膝を着いた。 「ぇ.......?」 ソレがなんなのか考えなくても分かる。なんせ見たまんまのものだから。だが、普通はコレが単体で転がっていることなど有り得なくて、普通は首にくっついていて、普通はコレがなければ生きることは不可能で......生きることが不可能? 湊都は震える手でソレを持ち上げた。 ずっしりとした重みが伝わる。決して作り物ではなく、中身がしっかりと詰まっているものの重さ。じっとりと手を濡らすのは己の汗か、それとも生命の赤い雫か。 湊都は呆然と目を上に滑らす。 そこにはいつものあの濁った瞳を細めて笑う翳りのある顔はなく、ただ....ただただ穏やかな表情があった。 ​────まるで棺桶の中を覗いているみたいだ。 心に落ちた声は、次第にじわじわと侵食するように湊都に『死』を実感させる。 濁った菫色の瞳はもう開かず。 微笑むように閉じた唇はもう誰の名を呼ぶこともない。 そう、鳥羽 文貴は死んだのだ。 「ぁ​───────なんで?う、そだ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ、嘘だ​あ''ぁああああああああああっ」 子供のように泣きじゃくり『嘘だ』を繰り返し、軍服が血で汚れるのも厭わず生首を抱きしめた。 未だに信じられない。でも、自身が抱える重さが現実であることを否応無しに知らしめる。 「ハッ、ハッ、はっ、ハッ――」 自身の荒い息を耳にしながら、血で汚れる床を茫然と見つめる。頭の中はグルグル「だって」と現実を否定する言葉が回り続けた。 湊都は自分の身近に死があることを理解していた。 少なくなっていくクラスメイト、無理に笑いながらも遺品を身につけている生徒、そして何より命を奪った感触。 死は予想以上に湊都の近くにある。 だがそれは彼らの力不足が招いたものだったり、快楽殺人鬼に出会ってしまうなどの不運から来るものだと理由をつけることが出来た。 なら『死』というのは一定以上の実力と運、または話の通じない狂人に気にいられている燈弥のような『特別なナニカ』を持つものだけが死を遠ざけることが出来るのではないか?湊都はそう考える。 そして、それならば 自身の友人らは大丈夫だと心のどこかで安堵した。 燈弥は言わずもがな。 清継はその思慮深さで、芙幸は自慢の弓で、文貴は戦闘狂と張り合う拳で、将翔はその底が見えない態度で。 彼らは死なない。死ぬわけが無いのだと、そう思っていた。 でも、違った。違ったのだ。 湊都はただ自身の親しい友人達が死ぬことが無いと決めつけていただけだった。 一定の実力を持っていても、上には上がいて。真正面からの戦いに運もクソもなくて。 人は平等に死が付き纏う。 「あぁ、しまった。せめて番のように燃やして殺そうと思ったのに.....思わず斬り殺しちまったじゃねぇか。.....ねぇ、そこの生徒。僕にその首を渡してくれないかい?その男の存在を残しておくのは業腹でね。まぁ、業腹ではあるんだけど同じ思いを抱いた同士でもあるから......火葬も兼ねて骨も残さず消し炭にしてあげようと思うんだ。だから、うん​─────渡せよ」 今の湊都にとっての『死』が目の前に立ち塞がる。 以前のような穏やかな声音が、別人のように冷たく低いものに切り替わるのは湊都の心胆を寒からしめた。 そこで気づく。 目の前の『死』の右手がほっそりとした手を掴んでいることに。 床には血の道ができており、首と手、足の切断面から今もなお血が垂れ流れ続けていることに。 文貴を冒涜するかのような扱いに湊都は唇を噛み締めた。 「チッ.....めんどくせぇ」 ポロポロ涙を流すヴァイオレット色の瞳は怒りと悔しさを宿す。 人は平等に死が付き纏う。 ......そう、平等に死が傍にいなければいけない。 じゃないと番を殺され、復讐を誓った文貴があまりにも可哀想じゃないか。 圧倒的力を持った人間は何をしてもいいということになってしまうじゃないか。 だから、 (誰でもいい。誰か、誰か神崎 竜一を殺してくれ) 青を纏う刀を振り上げるのを睨みつけながら、 湊都は初めて人の死を心の底から願った。 「​────ぐっ!?!?」 青い刀は振り下ろされず 突然、目の前の竜一がふらつくように後ろへ数歩下がった。それはまるで前方から歩いて来た人にぶつかられたようなよろつき方。 困惑の表情で竜一を見上げていた湊都は、竜一が太刀を落とし左腕を抑える姿を目にして、やっと異変に気づく。 竜一の左腕がなくなっていたのだ。 残った右手で切り口を圧迫しているようだが、ポタポタと鮮血が滴り落ち床を赤く染めている。 どういう状況なのか全く理解できない。だが、誰かが自分を助けてくれたというのは分かった。 ......では誰が? 戦闘狂?快楽殺人鬼? 得体の知れない颯希? つらつら並べる湊都だが、あの3人が自分を助けるなんざ有り得ないと直ぐさま除外する。 「く、ふっ....!」 その時、耳を疑うような喜色ばんだ含み笑いを聞いた。発生源は目の前。 左腕を失い血を流す男だ。 「ふっ、はははっ!あっはっはっはっはっ!あーっはっはっはっはっはっは!!」 何が可笑しいのか、大爆笑をする竜一に湊都はズリズリ臀を引きずって後ろへ下がる。 誰だって脈絡なく笑う人間は怖い。しかも腕を欠損した状態でだ。そして切り口を抑えていた右手で悠長に髪を掻き上げる男はもっと怖い。 床の赤い血溜まりが広がる。 「​───っはー、笑った笑った」 口元に笑みを作りながら竜一は殲滅の刃(ペルデレ)を拾う。すると切り口を覆うように氷が這い、瞬く間に止血した。 乱れた髪の奥から赤い眼光が湊都を貫く。 どういう状況か分からないが、戦うしかない。 そう覚悟を決めた湊都は、立ち上がろうとして..... ​────カツ、カツ、カツン..... 横から長い脚が伸びた。
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