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《no side》
「ふっ、ふふ、あは、あっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
竜一は抑えきれぬ喜色を浮かべ、口を大きく開けて笑った。
腹を抱え、頬を上気させ、子供のようにケラケラ笑った。
そしてひとしきり笑うと、愛おしげに氷漬けになった燈弥に手を当て、スマホを取り出し呼び出し音を鳴らす。待ち遠しげに口元をニヤつかせ、この先の日常を夢想したその眼差しは今までにないほど満たされていた。
神崎に帰ったらおはようのキスで弥斗を起こして、
一緒に朝食を食べよう。その後は今まで出来なかったことを、弥斗と一緒にしてみたかったことを全部やって.....あぁその前に弥斗に神崎次期当主の座を譲り渡さなければ。自身はその補佐につく。
補佐だけじゃない、番も、家族も.....弥斗に必要な存在は俺だけでいい。
弥斗を見つめる竜一の瞳が甘く蕩ける。
いくら弥斗と言えど神崎次期当主の座から逃げることはできない。
....いや違う。
のしかかる責任と罪、犠牲から弥斗は逃げない。だって弥斗は自己中で潔癖で臆病だから。それは置いてかれた竜一がよーく知っている。
だからこそ、
そのための神崎。
「逃がさない」
仄暗い笑みと共にこぼれ落ちる執着。
逸る気持ちに帯刀するペルデレから青い炎が溢れ出したその時、スマホの呼び出し音が途切れ、代わりに老成した声が答えた。
「おい、出るの遅せぇぞ藤間。まぁいい、今すぐ観式に車一台寄越せ。弥斗と帰る。くれぐれも彪雅の野郎に気づかれるなよ。それと俺と弥斗の部屋は.....チッ、この話は後でいい。とりあえずさっさと車を寄越せ」
通話を閉じた竜一の顔は喜色から一転、不機嫌そうに歪められていた。
その視線の先には銃剣片手に静かに佇む不倶戴天の姿があり、竜一は苛立たしげに髪を掻き上げ舌打ちする。
「ったく、こっちは2連戦だってのによぉ。....空気読めねぇのかお前はっ!!!」
「知るか」
竜一の怒りを吐き捨てるようにバッサリ切った永利の表情は『無』である。
しかし内心彼は心底安堵していた。
間に合ったことに。
風紀室に食堂で快楽殺人鬼が暴れていると報せが届いたのが数分前。
その報せを聞いた永利は部下達を向かわせ、自身は前日の死亡者の処理手配をしていた。
しかし向かわせた部下達が暫くして手ぶらで、しかも泣きべそをかいて『扉に氷が張っていて食堂に入れませんでした。努力はしたんですが....』と報告してきたため、すぐさま燈弥に呼び出しをかけた。
ツー、ツー、ツー
だが応えず。
氷の張った扉。
音信不通の燈弥。
永利はとうとうその日が来たかと苦く思いながら委員達に
・食堂を隔離すること、
・もしもの時のために保健医を待機させておくこと
その2つを指示し風紀室を飛び出した。
そして扉を壊し、今に至る。
永利は食堂を見渡す。
広範囲に破壊されたテーブルや椅子が散らばり、首のない遺体と、首を抱え茫然自失の湊都、2階に人の気配が3つ、そして氷漬けの燈弥....。
あまりの惨状を前に軽蔑を隠さず永利は言った。
「最悪のことをやらかしたなテメェ」
対し、竜一は嘲笑う。
「最悪ぅ?はっ、何が最悪だ。最高の間違いだろ。〜〜ふぅ。俺は弥斗と一緒に神崎に帰る。んで、お前は独り緋賀で飼い殺される。それでいいじゃねぇか。これで元通り、だぁれも苦しまねぇ。だからお前はこのまま向きを変えて風紀室に帰れよ」
「俺様とお前は五大家だから仕方ねぇが燈弥は違うだろ。巻き込むんじゃねぇ。帰るならひとりで帰りやがれ」
「先に巻き込んだのは弥斗だ!!俺は神崎なんてなりたくなかったっ!!なのに弥斗が俺を.....ぐっ、はぁ''ぁ」
痛みに呻く。
竜一はギリギリのところで保っていた。興奮によるアドレナリンは切れ、鈍くなっていた痛みが主張をし始めたのだ。
唇を噛み締める。今倒れる訳にはいかない。
「神崎で何があったか知らねぇが......生まれは選べねぇし、一つしかない選択肢の前で他を選ぶこともできねぇ。俺達にはその道しかなかった。ただそれだけの事。今更どうこう言っても無意味だ。....そんなに辛いってんなら俺様が介錯してやろうか」
「介錯なんていらねぇ。.....やっと下したんだ。ねじ伏せたんだ。アイツの未来を決める権利を得たんだ。だからなぁ、頼むよ....いい加減俺達のことほっといてくれよ」
哀願する。だが竜一は目の前の男が見逃してくれるはずがないとわかっていた。そもそもここで見逃すようなら不倶戴天の敵となっていない。
幸せはすぐそこにある。障害はこの男のみ。
なら奮い立たせろ。弥斗と帰るのだと、目の前の憎くて仕方ない男を殺せるのだと。痛みを凌駕する感情をこの身に注げ。
「ならテメェを殺せばその権利は俺のものだな」
「───弥斗にたかる害虫が」
喜ばしいことに、目の前の男は自ら燃料を投下してくれた。竜一の表情がスンと抜け落ち、内心煮え滾るような怒りが沸き立つ。それに伴いアドレナリンが分泌され痛みが遠のいていく。
対して永利は歯を剥き出しに激情を顕にする。耐えていた。堪えていた。氷漬けの燈弥を目にした時、本当はすぐにでも駆けつけたかったほどに取り乱していた。
キレていないとでも?
いいやもちろんキレていた。
「ならテメェは燈弥を不幸にする疫病神だ。テメェがいる限り燈弥は永遠に苦しむんだよ」
銃剣を竜一目掛け投げ捨て、すぐさまサブマシンガンを顕現。引き金を引けばバララララと軽快な連射音と共に小さな爆発音が連鎖的に響いた。
永利の扱う弾は普通のものでは無く、着弾すると小さな爆発を起こす魔弾である。
竜一目掛け魔弾が撃ち込まれ、火吹く小さな花が次々開き竜一を覆い隠す。
子気味いい音を奏でるそれはいくらか永利の心を慰める。しかし依然として永利の顔はしかめっ面だった。
「気に食わねぇ」
竜一は弾丸の雨を切り捨て、弾いて、時には避けて防ぐ。着弾による爆炎は炎で吸収して凌いだ。
被弾はまだない。
だがいくら魔弾を防げても爆風までは防げない。小さな爆風を受け、少しづつその足は弥斗から離れていく。その度に竜一は発狂したくなった。『弥斗と俺を引き裂くのか?』と。
狂気と怒りに染まった眼光は弾幕の向こう側にいる永利を捉える。
竜一は弾丸を切り捨てることをやめ、避けることもやめる。その代わり、右手に持つペルデレから竜一の身体を包むように青い炎が巻き上がった。
まばらに撃ち込まれる弾は次々と青い炎に飲み込まれ、爆発することなく溶けてゆく。
「俺が居る限り弥斗が苦しむ?.....ははっ、じゃあ自分は弥斗を苦しめていないとでも?――お前こそ弥斗のそばに居るべきじゃねぇんだよ」
嘲笑混じりの呟き。
竜一にとって永利は弥斗の視界に映ろうと必死になる有象無象と変わらない、取るに足らない存在だった。いうなれば気にもせず踏み歩くだろう路上の砂石。それは弥斗以外に興味を持たない竜一らしい認識だった。
だから弥斗に必死に話しかける永利を目にした時、竜一は気にも留めず話に割って入ろうとした。
しかし竜一はそこで初めて弥斗以外の個を認識することとなる。
――ソイツは異様な目で弥斗を見ていたのだ。
星を見るような、眩いものを見るような....いや、それ以上の尊い『なにか』を見るような目。
『ああ、気色悪ぃ』
青い炎を纏い、弾丸をものともせず前進する竜一を前に永利はサブマシンガンの引き金から手を引き空中に放った。だが用済みかと思われたサブマシンガンは重力に従い落ちることなく、ピタリと空中に留まり連射音をそのまま響かせる。
音を耳にしながら永利はショットガンを手にし、同じように前進した。
「テメェは死ななきゃならねぇ」
人間不信に陥り、血に沈み息絶えようとしていた『永利』。そんな彼が目にしたのは清廉で、穢れなき人ならざる存在だった。疲れ果てた永利は光に引き寄せられるようにフラフラと燈弥を追い求める。
安らぎを求めて。
しかし燈弥の傍にはいつも同年代らしき少年が陣とっていた。排他的で、絶対の拒絶を纏う少年。
彼は永利には理解出来ない眼差しで燈弥を見つめる。
全てを絡み取るようなドロドロとした欲を孕み、相手を焼き尽くさんとする熱量を宿す赤い瞳で。
『そんな目でアイツを見るな』
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