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向き合うように2人は足を止めた。互いの顔が見える数メートル程の距離をあけて。
サブマシンガンは沈黙し、静寂がその場を包む。
「ふぅ、ダラダラしててもしょうがねぇ。ここでハッキリさせようぜ」
「ああ、そうだな」
竜一の提案に永利は二つ返事で乗った。竜一の言う『ハッキリさせる』というのは、弥斗ないし燈弥関係について白黒つけようという意味である。もちろん永利はその意味を汲み取って返事をした。
2人は互いに嫌いあっている。だが、なぜ相手が自分をそこまで嫌うのかを問われれば「知らない」と返すしかないほど相手のことを知ろうとしなかった。
だから今、ここで、話すのだ。
どちらかが死ぬ殺し合い。ならば死ぬ相手の言い分を聞いておいてやろうじゃないか、と。それにほんの少し興味があった。なぜ相手が自分をそれ程までに嫌うのか。
竜一は冷気漂う左手でペルデレを握り、確かめるように軽く振る。問題がなかったのか、次は刀身を床と平行になるよう掲げ、右手を刃先から柄へと滑らせた。
「綺麗なものに目が行くのは仕方ないことだ。憧れを目で追ってしまうのもまぁわかる。でもそういう奴らは遠くからひっそりと目を向けるだけで、特に何かアクションをしかけてくることは無い。まぁしかけてきたところで、俺が追い払うけど......その中でもお前はしつこく弥斗のそばに居ようとしたよな?」
「......」
「ん、刃こぼれなし。......はぁ、別に恭弥のように一線を引いていれば俺はお前のことなんざ嫌わなかった。問題はお前が弥斗に手を伸ばしたことだ。しかも、あろうことかお前、弥斗を『神聖視』してただろ?」
本当に気色悪かった。なんだあの届かぬものを見るような目は、なんだあの神聖なものを見るような目は。竜一にとってそれは受け入れ難い眼差しだった。
「神聖?馬鹿が。弥斗は神じゃない、神聖なものでもない。ただの人間だ。俺の片割れだ。手の届く存在だ。......なんで求めておきながら、自分で手の届かないものとして弥斗を見る?阿呆だろ、馬鹿だろ。そんなの絶対に手に入らないじゃねぇか」
自分で手の届かない存在と決めたのなら、それはどれだけ求めようと手に入らない。だから自分で遠ざけておきながら一生懸命手弥斗に手を伸ばす永利の姿は竜一にとって酷く滑稽に映り、愚か者と嘲りさへ向けていた。そんなんじゃ弥斗は振り向かないし、手に入れられることもできないだろう、と。
「そう、手に入らない....はずなのに、結果的にお前は弥斗の愛を得た。弥斗はお前がそばに居ることを許し、手を繋いで、最後は俺よりお前を優先した」
あの日から竜一の中で緋賀 永利は殺さなければならない人間にへと変わった。
「俺が馬鹿にしていた奴に馬鹿を見るような目を向けられ、その嘲りがお前は間違ってると言われているような気分だった。そして俺はっ!!お前にそんな目を向けられ、自分は間違っているのではと思っちまった!」
永利の弥斗に向ける眼差しを目の当たりにする度に、思い知らされる。
弥斗は決して竜一が求めていい存在ではないのだと。求めるのではなく一心に縋り続けるべきなのだと。
つがいたいなど思うことすら馬鹿なのだと。
「殺さなければならない。お前を。俺の弥斗への思いが濁らないよう。その心底おぞましい目を抉って殺さねぇと.....」
全てを語った竜一はペルデレを永利へと向けた。次はお前の番だと言わんばかりに鼻を鳴らし、刀身から青い炎をほとばしらせて。
───カチャ、カチャ
返事は小さな摩擦音で返される。永利の手の平の上、そこに3つのショットシェルが並ぶ。無から産み出されたそれを眺めていた永利は不意に目を竜一に向けた。
「率直に言う。俺はテメェが心底妬ましくて仕方ねぇ」
竜一に対する自分の感情を口にするのは初めてである。燈弥にすら吐露したことのない感情。
『嫉妬』
永利が抱く竜一への殺意は嫉妬から来るものだった。
「テメェと燈弥は血の繋がった双子らしいな」
それだけでもう妬ましく思う。
永利が燈弥のそばに居るのは救われたいがため、燈弥の神聖さで自分を殺して欲しかったがためである。太陽に近づきすぎたイカロスのように、『永利』を完全に地に堕として欲しかった。
なのに思いのほか燈弥のそばは息がしやすく、予想と違って『緋賀』はなりを潜め、逆に素の『永利』が息を吹き返した。
燈弥のそばでは自分はただの永利として振る舞える。永利として息ができる。
そう気づいた時にはもう手遅れだった。
「俺は、もう燈弥なしじゃ生きられない。そばに居てもらわなきゃ自分が死んじまう。だからそばにいて欲しい.....俺が願うのはたったその一つ。その一つだけだ。そのために燈弥に嫌われないよう、見捨てられないよう細心の注意を払って接してきた.......なのにテメェときたらよ、なんだ、その態度は。燈弥に嫌われることを微塵も考えてねぇ馬鹿みたいな行動はなんだ!?――双子だから、血が繋がっているから燈弥に嫌われる心配をしなくてもいいのか!?」
廃潰森で2人が双子だと知った時、永利はその場に崩れ落ちた。それは、あまりの嫉妬心に思わず銃弾を撃ち込んでしまいそうだったからだ。
「テメェは燈弥の肉親でありながら、番という繋がりまで欲するのかよ!どんだけ強欲なんだっ!俺は何一つアイツとの繋がりがないのにっ」
ああ、嫌だ。こんな子供じみた嫉妬を口にするなんて、死んでしまいたいほど惨めだ。
嫌いな奴に嫉妬することほど、自分を情けなく思うことはない。
.....いや、訂正だ。
自分を情けなく思うことは他にある。それは――
「本当に俺は救いようのねぇ馬鹿だ。テメェに嫉妬するなんざ。......それに知ってるか?嫉妬するということは、少なからず俺は燈弥にそういう感情を抱いていたってことだ。星に手を伸ばすのは馬鹿のすることだと思っていのに、まさか俺もその馬鹿だったなんて、自覚がなかったんだよ。ああ情けねえ、惨めだ」
自分も所詮馬鹿にしていた竜一と同じ身の程知らずなのだと。
それを自覚した時、永利の心情は荒れ狂う嵐の如き羞恥と罪悪感で蹂躙された。
救って欲しいと願いながら、燈弥の全てが欲しいだなんてとんだ恥知らずだ。
俺のような人間が燈弥のそばにいること自体罪深いというのに、その先を求めるなんて.....。
「テメェを見てると俺はどんどん欲深くなる」
ただそばに居させてくれるだけでいいのに、竜一のあの目にあてられて、いつの間にか燈弥の肉親に、家族にと欲は膨れ上がり手に負えなくなってしまった。
なんせ『もしも』の話を考える始末だ。
もしも、もしも自分が燈弥の片割れなら....と。
そばに居るだけじゃ足りない。
もっと、もっとと欲しくなる。
....このままではいつか燈弥に望まぬことを強いることになる。そして燈弥は最後に永利を捨てるだろう。
その未来がありありと見えた。だから永利は怯え、自分を律するのだ。横目で竜一を羨みながら、欲しいと暴れる心を押さえつけて。
「好き勝手やってるテメェの横で自分だけ我慢するっつうのは想像以上の苦痛だ。だがその苦痛よりも俺は燈弥を失うことが怖い。.....もう分かるな?俺の嫉妬心を煽るテメェの存在が無くなれば、俺は苦しまず燈弥のそばに居られる」
だから、死んでくれ。
そう言いながら永利は一歩、二歩前に進みながらショットシェル3発をショットガンに装填し、構えた。標準はもちろん目の前の男。
この距離ならば必ず当たる。
「そうか、嫉妬か。まさかお前が俺に嫉妬していたなんて.....はっ、驚きだな」
銃口を向けられた竜一は慌てることなく、むしろ余裕の態度で右足を引き身体を右斜めに向け、太刀の切っ先を右脇下へ下げた。
この距離で、この『脇構え』。竜一は斬り上げの攻撃を繰り出してくるだろうと永利はアタリをつける。
「テメェの強欲もここまでだ」
「愛する人を求めることの何が強欲なんだ?やっぱお前とはとことん合わねぇな。.....死んでも弥斗に泣きつくなよ」
語るのはここで終い。分かり合えないのなら、暴力で押し通す他ない。
お互い間合いに入った状態で構え合う。
さて引き金を引くのが先か、太刀が斬りあげるのが先か。
────そんなもの答えを出すまでもない。
永利は引き金を引く。
同時に背後から空気を裂く鋭い音を聞き咄嗟に右へ避ける。
――ズガン!!
音が重なる。弾は竜一の斬りあげよりも早く射出された。だがそれは刹那の差だった。ほんのわずか出遅れた太刀の振りは、しかし予定調和のように竜一に撃ち込まれた弾達に迫り、切り裂き、或いは弾く。
全てを防ぐことは出来ない。いくつか肉を抉られながら、致命傷になりうる弾だけを無効化し、竜一の鋭い瞳は永利を捉える。
永利は背後からの氷杭を避けることできず、横っ腹に穴を空けられていた。それでも引き金を引くとほぼ同時にショットガンの持ち手部分を後ろにスライドし、ポンプアクションを行う。その行動により空の弾が排莢され、同時に次弾が装填及び射撃準備が完了する。
残り2発。
間髪入れずに撃ち込む。
だが弾は竜一の斬りあげの返し刃によって迎えられ殺すこと叶わず。
明らかに先の一発よりも手前で防いでいる。つまり、竜一の振りが速くなっているということだ。
....斬りあげの反動を乗せているせいだろう。
斬りあげ、返し刃......ならその次は?
返し刃は振り下ろされる形で竜一の左脇下に切っ先が向いていた。左足は後ろに置かれ、身体はやや左斜めへ向いている。さっきとは逆の脇構えである。永利の思考はその次の攻撃を予測し、身体は自然と最適解を導き出す。
竜一は冷めた瞳で永利の動きを観察し、そして鼻で笑った。どう考えても自身の太刀が届く方が早い。そもそも遠距離専門のサナートが近距離専門のザントに近距離戦で敵うはずがないのだ。
何を考えて近づいてきたのか正気を疑う行動だが、竜一の瞳には一片の油断もない。竜一とて余裕があるわけではないのだ。
竜一の身体は限界の悲鳴をあげていた。弥斗との戦闘はもちろん、何より先の返し刃が後押しをした。
斬りあげのスピードも、慣性力も一点で留めて繰り出した返し刃。あれは身体、特に上半身に多大なる負荷を及ぼす。
斬りあげ、返し刃を経て増加したスピードと慣性力を逃がさず向きを真逆に変える。簡単に聞こえるだろうがミチミチと腕から聞こえる筋繊維の悲鳴が事の難易度を語っている。
この一撃で最後。
竜一は歯を食いしばり左足で踏み込む。大きな音を立て床が沈むが、許容範囲、軌道修正圏内だ。
「オラぁッッ!!」
スピードに乗った最早認識不可能な『斬りあげ』が永利を襲う。
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