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健介はなかなか寝付けずにいた。
五年間働いた職場を明日で退職するのだ。それなりに仕事にもなれ、ずっと続けていけるつもりだったのだが、半年前に配属されてきた上司と上手くいかなかった。毎日罵倒され、仲の良かった同僚もはなれ、このままでは、自分がどうにかなってしまいそうだとおもったのだ。
明日で最後だと思うと、ほっとすると同時に少し寂しい気持ちもある。なにせ、半年前まではうまくいっていたのだから。
特に、後輩の加奈子とは、何度も食事にいったりして もう少しでいい雰囲気になりそうだったのになあ。そんな気持ちが届いたのか、枕元においたスマホにメッセージがポップされた。ピコーン
『こんばんはー』
加奈子からだ!すぐに返信したい気持ちを抑えてしばらく画面を凝視する。ピコーン
『明日で最後ですよね。さみしいですー』
ああ、やっぱり加奈子は優しい。俺のことを気にかけてくれたんだなあ。ピコーン
『直接顔みてだといいにくいので ラインしちゃいましたー』ピコーン
なんだって。も、もしかして愛の告白なのか。ピコーン
『えっとお、半年前の課長の歓迎会のときの会費がちょっと足りなくてー。』ピコーン
『500円 回収してるんですけど、健介さんだけまだ、もらってないんですよね』
ピコーン
『給湯室の棚のビンに明日いれといてください(ハート)』
なにがハートだよ。俺が辞めるのはあの課長のせいなんだぞ。くそう。こういっちゃなんだが、加奈子には何度も奢ったり、プレゼントしたりしてるんだ。500円ぐらいたてかえておいてくれてもいいじゃないか。
ああ、もやもやする。
腹立たしい気持ちのままに結局一睡もせず、翌日を迎えた。
自分にとっては最後の日だが、周りはなにも変わらず通常業務をこなしていた。
もしかして、送別会などという話がでたらどう断ろうかと、案じたが、まったく無駄な心配だった。
帰り際、給湯室によってビンを探した。棚のなかに(会費回収)と書いたビンを見つけたので、財布をだそうとした、そのとき、回収ビンの後ろに目が釘付けになった。
『健介さん
お疲れさまでした。
後輩一同』
と、書かれたカードと小さな小さな花束がおいてあったのだ。涙をこらえて花束を取り上げる。やっぱりいい後輩じゃないか。感動して花束を抱きしめたとき、ハラリと落ちたものがあった。ん、値札か。
(特売品 360円 フラワーショップ檀)
んー。なんだか、もやっとをこえて 楽しくなってきたぞ。
財布から小銭をだして会費回収ビンにいれる。
500円?いや860円。
ビンに落ちる小銭の音をきいて
(うん。朝よりすっきりした気持ちで家路につけそうだ)と健介はにっこり笑った。
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