1.些細なイレギュラー

2/19
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/200ページ
 隣からそんな提案が飛んできた。  青のマーカーペンを片手に、僕は緩く首を振る。いかにも申し訳なさそうに、それでいて有無を言わせないように。 「大丈夫。田中(たなか)さんには迷惑かけられないから」 「おいおい、俺には迷惑かけてもいいのかよ」 「ショータだって古典の時間寝てるじゃん。その分の板書、誰のおかげだと思ってんの」 「わーかったよ。いいから早く写せって」  僕に抗議しても勝ち目はないと早々に悟ったらしい。ショータは諦めた口調で言い合いの土俵から降りた。  自分のノートには、とっくのとうに今日の板書がほとんど写されている。ショータのものと見比べて、所々にマーカーペンで印をつけていくだけだ。  字が丁寧だとか、書き方のバランスだとか、そんなものは僕にとってどうでもいい。重要なのは「色」だ。  ショータがいつも使っているペンは、とても見やすい。前に一度だけ他の人のノートを借りたことがあったけれど、その人のペンではどこが「赤色のチョーク」で書かれた部分なのか分からなかった。  世界史の授業が嫌いだ。世界史を担当している教師が嫌いだ。――否、正確に言えば、その教師の板書が苦手だ。
/200ページ

最初のコメントを投稿しよう!