1.些細なイレギュラー

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 いわゆる、色弱というものらしい。  生まれてからずっと、この世界にある色のうち、一部が自分には見ることができなかった。  自分が周りと違う世界を見ていると気が付いたのは、小学生の時だ。  図工の時間に、水彩絵の具で学校から見える景色を描くという授業内容だった。  郵便ポストとその後ろに立つ木。その二つを同じ色の絵の具で塗り潰した僕に、みんなが変な顔をしていた。  当時の担任が親に伝えたのだろう。その後すぐに病院へ行って検査を受けた。  色覚異常。それが、医者から告げられた単語だ。 「助かった、ありがとう」  ノートの背で前の背中を突けば、持ち主は「もう終わったん?」と目を丸くする。  四限目が終わった教室内は騒がしい。机や椅子を移動させる音が空間を占める。  朝に買ったペットボトルの蓋を開けて、水分補給をしていた時だった。 「――犬飼(いぬかい)航って人、いますか?」  澄んだ声が自分の名前を探していた。大してボリュームがあったわけでもなく、それでいて一音一音、はっきりと輪郭をなぞるような波長。  僕が思わず入口の方へ視線を投げたのと、声の主に話しかけられていたクラスメートが振り向いたのは同時だった。 「あ、犬飼くん。なんか呼ばれてるよ」
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