レイアウト

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「いいね、これ。すごい好きだよ。あっ、でも陸人はこっちの方が好きでしょ?」 「うん。さすが、良く分かったね」 「そのままお返しするわ……でも不思議だね、こんなに趣味が合わないのに陸人と一緒に居るとすごく楽」 「なんでも同じなら上手くいくってわけでもないからな?」 「本当に、そうだよね……ありがとう。今日一緒に来てくれて。  ──実はさ、来る寸前に挫けそうになってたんだ」 「やっぱり?」 「うん、まあ……タイミング悪く書けなくなって……ほんと、最悪なタイミングで手が止まっちゃったからだと思う……」 「そっかそっか」 「うん。あのね、私がいくら物語を紡いでも全然おもしろくないの。書けば書くほど、頭の中の映像はどんどんチープになって、どこかで見たことのあるようなありきたりな話になってしまう。それなのに、あれから私と同じだけの時間が進んだはずのゲンは、こんなすごい場所に展示された あの絵を描き上げてて……」 「悔しい?」 「そうだね……だから、やっぱ嫉妬なのかな?ふふっ、これじゃあ陸人と一緒か?」 「その嫉妬は、凜華(りんか)さんに対するものなんじゃない?」 「え?違うちがう。正直、もしあの時ゲンが、凜華さんじゃなくて、私を選んでいたとしたら……私たちはきっと二人で潰れてた。そしたら、あんなに凄い作品も、この世界に生まれてこれないままだった」 「じゃあ、その嫉妬は?彼に対するものってこと?」 「たぶん、そう……でも正確には、ゲンの才能に対するものって言うのかな?  ──私たちはよく似ていたから、私にもあんな才能があるような気がしてたんだね、きっと。ははっ、見当違いもいいとこだけどさ、なんで私だけ、まだこっち側にいるんだろう?とかね……」 「なるほどね……」 「ん?……ちょっと!」  何の前触れもなくいきなり陸人に引き寄せられ、美織の身体はその両腕に覆われた。疎らとはいえ他人の目があるこんな場所で、陸人に抱きしめられるという事態は美織にとって全くの想定外だった。  陸人は普段から感情表現が豊かだった。その気持ちをすぐに言葉や行動に変換してストレートに美織に伝えてくれる。だけどいつもだったら人一倍他人の目気にする美織に気遣い、こんな風に人目もはばからず抱きついたりなんかしない。だからこの陸人の行動は美織にとって非常に不可解で、あり得ないほど異質であるように感じられて戸惑う。 「陸人っ!離して?こんな場所で……やめてよ……」 「……やだ」 「やだって……子供じゃないんだから」  美織が陸人の身体を押しのけようとすればするほど、陸人はより強い力で美織のことを抱きしめた。驚きと恥ずかしさで上昇した美織の体温は、陸人の腕の中でその行き場を失って煮詰まり、更に温度を上げてゆく。 「陸人……痛いよ」 「痛くていいんだ」 「えっ?」 「痛くていいんだよ。美織は自分のどこが今も痛いのか、ちゃんと自分で確認して?まだ傷ついたままで痛いなら、痛いって言いながら泣き喚いたっていい。我慢しないで?まだその傷が癒えてなくても、そのままでいいから……」 「陸人?」  切羽詰まったような声が美織の耳元に落ちる。そんな声色の真意を確かめるために、美織は陸人の耳たぶ越しにその瞳をみていた。 「美織はちゃんと傷ついて、ちゃんと失恋したんだ。でも、どっかでそれをまだ認められてない……美織を見てると、時々そんな風に感じることがあるんだよね……」  今にも泣きだしそうなのは陸人の方だった。美織の為だけに選びとられ溢れ出すような、そんな陸人の想いは熱になり、美織の身体に直接伝わる。それによって美織の肩は汗ばんで、自分自身の輪郭が浮き出る様な気がした。 「今日ここに来ることを躊躇ってたのは、俺の方だったんだ……さっきは強がってみせたけどさ、少し…いや、けっこう不安だった。もう彼に対しての恋愛感情はなくとも、美織はまだ彼に焦がれてる。それは、きっと二人の恋が特別だったから。だから美織は、自分の一部分をその過去に置いてきちゃってる気がするし、もし美織自身がそのことを自覚したらその想いは過去に戻って、また彼の事を……なんて、情けないこと考えてたんだよ」 「……そんなこと、考えてたの?」 「うん。でもね、いま確信した。美織、俺は大丈夫だから。美織は自分のまだ痛い部分をちゃんと探して?もう自分についた傷を見ないふりするのはやめて欲しい……もし、美織が彼のことをまだ好きだったとしても、俺は、それでもいいから……」  美織の中にその声が浸透すると、暗くて何も見えなかったその場所に光が差す。瀬川に別れを告げた美織は、持て余した気持ちを全部、一纏めにしてそこに隠した。  今から二年と少し前、瀬川のためを想って外した枷を、美織はすんなりと捨てることができなかった。だからしょうがなく、それを自分自身に架けた。それによって美織の中にできた傷は、血肉を抉り、血が出続けしまう程の重傷で、きっと泣き喚きたいほど痛かったはずだった。  それなのに美織はその傷の存在自体を無視し、意図的にそれに触れないことで、初めからそんな傷なんて無かったことにしようとしていた。
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