カクテル言葉

1/1
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

カクテル言葉

「マスター、まゆみがいつもお世話になってます。今日は僕の彼女の唯菜を連れてきました」 「はじめまして、唯菜さん。どうぞごゆっくり楽しんでいってください」  マスターの雰囲気から、礼儀正しさが伝わってくる。  唯菜はバーの中を見渡し、 「あ、あの、もの柔らかで大人の雰囲気がただよう素敵なバーですね。気持ちも落ち着きます。えっと、お酒の種類も豊富ですね」 「ありがとうございます」  マスターは微笑をたたえる。 「何をお作りしましょうか?」 「唯菜にはモヒート、僕にはグレンモーレンジオリジナルをストレートでお願いします」 「かしこまりました」  マスターはモヒートを作り始めた。透き通るようなグラスにミントの葉、シュガーシロップ、ライムジュース、少量の炭酸を入れ、ミントの葉をつぶす。そのあとラム酒を入れ、クラッシュアイスで満たす。最後にソーダでなじませる。  グレンモーレンジオリジナルは、スコッチウイスキーのひとつでその中でもシングルモルトに分類される。  英国のスコットランドのグレンモーレンジ蒸留所(ウイスキー工場)で作られ、樽に入れられて十年以上寝かされた原酒が使われている。ストレートというのは、氷も水も入れない飲み方のことだ。  ボトルから、お洒落な形をした銀色のメジャーカップに入れられた琥珀(こはく)色の液体が、ショットグラスにそそがれる。 「お待たせしました」  マスターから、きらめくようなカクテルとウイスキーが置かれる。  理斗は、グレンモーレンジオリジナルの柑橘系の華やかなアロマと、スイートでマイルドな味わいを楽しんだ。アルコール度数も四十度あり、少しお酒に強い理斗も満足する。  唯菜はモヒートからのミントの香りに気づき、夏のこの季節にしっくりくるカクテルだと思った。飲んでみると、ミントとライムが合わさってさっぱりとしている。シュガーによる甘さも感じる。炭酸の爽快感も加わり、夏にのどを潤すには最高のカクテルだと思った。 「あのね、モヒートにしたのは理由があるんだ。花に花言葉があるように、カクテルにもカクテル言葉がある。モヒートは『心の乾きを癒して』、つまり唯菜の心の乾きを癒したかった」 「えっ……、そうなんだ。うん、ありがとう。心も体も乾きが癒されて、潤う感じがするカクテルだね。もちろん、理斗の気持ちもわたしの心を潤したわ」  唯菜はのどが乾いていたようで、数分でモヒートを飲み終えてしまう。理斗は唯菜のために、カクテルをオーダーした。 「次はサイドカーをお願いします」  マスターはサイドカーに取りかかった。銀色に鋭く輝くシェイカーに、レモンジュース、ホワイトキュラソーというオレンジが原料のリキュール、ブランデー、氷の順に入れてシェイクする。最後にカクテルグラスにできあがった液体をそそぐ。  流れるような優雅な動きでカクテルが作り出された。 「お待たせしました」  サイドカーを飲んだ唯菜は、オレンジの香りとレモンジュースの酸味がマッチした爽やかでフルーティーな味わいを楽しんだ。カクテルにしてはアルコール度数が高いが、飲みやすい香りと味を満喫する。  理斗は唯菜にほほえんだ。 「実は、サイドカーは『いつもふたりで』というカクテル言葉から、バーでのプロポーズのときに男性から女性に贈ることもあるらしいのだけど、プロポーズできるほど僕はまだ唯菜にふさわしくないと思っている。だから、今は気持ちだけ受け取ってほしい。僕と唯菜はいつもふたりでいたい」  唯菜は顔をほころばせ、 「あ……、あのね、素敵なカクテル言葉をありがとう。理斗がわたしにふさわしくなる日まで待ってるから」  バーでの長い夜は、始まったばかりだった。きっとこれからも、理斗と唯菜の愛は深まっていくことだろう。 ※この物語は、フィクションです。 ただし、将棋の話題とカクテルについては、事実をもとにしています。 ※扉絵の写真はグラスホッパーです。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!