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カクテル言葉
「マスター、まゆみがいつもお世話になってます。今日は僕の彼女の唯菜を連れてきました」
「はじめまして、唯菜さん。どうぞごゆっくり楽しんでいってください」
マスターの雰囲気から、礼儀正しさが伝わってくる。
唯菜はバーの中を見渡し、
「あ、あの、もの柔らかで大人の雰囲気がただよう素敵なバーですね。気持ちも落ち着きます。えっと、お酒の種類も豊富ですね」
「ありがとうございます」
マスターは微笑をたたえる。
「何をお作りしましょうか?」
「唯菜にはモヒート、僕にはグレンモーレンジオリジナルをストレートでお願いします」
「かしこまりました」
マスターはモヒートを作り始めた。透き通るようなグラスにミントの葉、シュガーシロップ、ライムジュース、少量の炭酸を入れ、ミントの葉をつぶす。そのあとラム酒を入れ、クラッシュアイスで満たす。最後にソーダでなじませる。
グレンモーレンジオリジナルは、スコッチウイスキーのひとつでその中でもシングルモルトに分類される。
英国のスコットランドのグレンモーレンジ蒸留所(ウイスキー工場)で作られ、樽に入れられて十年以上寝かされた原酒が使われている。ストレートというのは、氷も水も入れない飲み方のことだ。
ボトルから、お洒落な形をした銀色のメジャーカップに入れられた琥珀色の液体が、ショットグラスにそそがれる。
「お待たせしました」
マスターから、きらめくようなカクテルとウイスキーが置かれる。
理斗は、グレンモーレンジオリジナルの柑橘系の華やかなアロマと、スイートでマイルドな味わいを楽しんだ。アルコール度数も四十度あり、少しお酒に強い理斗も満足する。
唯菜はモヒートからのミントの香りに気づき、夏のこの季節にしっくりくるカクテルだと思った。飲んでみると、ミントとライムが合わさってさっぱりとしている。シュガーによる甘さも感じる。炭酸の爽快感も加わり、夏にのどを潤すには最高のカクテルだと思った。
「あのね、モヒートにしたのは理由があるんだ。花に花言葉があるように、カクテルにもカクテル言葉がある。モヒートは『心の乾きを癒して』、つまり唯菜の心の乾きを癒したかった」
「えっ……、そうなんだ。うん、ありがとう。心も体も乾きが癒されて、潤う感じがするカクテルだね。もちろん、理斗の気持ちもわたしの心を潤したわ」
唯菜はのどが乾いていたようで、数分でモヒートを飲み終えてしまう。理斗は唯菜のために、カクテルをオーダーした。
「次はサイドカーをお願いします」
マスターはサイドカーに取りかかった。銀色に鋭く輝くシェイカーに、レモンジュース、ホワイトキュラソーというオレンジが原料のリキュール、ブランデー、氷の順に入れてシェイクする。最後にカクテルグラスにできあがった液体をそそぐ。
流れるような優雅な動きでカクテルが作り出された。
「お待たせしました」
サイドカーを飲んだ唯菜は、オレンジの香りとレモンジュースの酸味がマッチした爽やかでフルーティーな味わいを楽しんだ。カクテルにしてはアルコール度数が高いが、飲みやすい香りと味を満喫する。
理斗は唯菜にほほえんだ。
「実は、サイドカーは『いつもふたりで』というカクテル言葉から、バーでのプロポーズのときに男性から女性に贈ることもあるらしいのだけど、プロポーズできるほど僕はまだ唯菜にふさわしくないと思っている。だから、今は気持ちだけ受け取ってほしい。僕と唯菜はいつもふたりでいたい」
唯菜は顔をほころばせ、
「あ……、あのね、素敵なカクテル言葉をありがとう。理斗がわたしにふさわしくなる日まで待ってるから」
バーでの長い夜は、始まったばかりだった。きっとこれからも、理斗と唯菜の愛は深まっていくことだろう。
※この物語は、フィクションです。
ただし、将棋の話題とカクテルについては、事実をもとにしています。
※扉絵の写真はグラスホッパーです。
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