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ショットバーで
「まゆみちゃん、次はグラスホッパーを」
カウンター席に座った男性が女性バーテンダーに視線を向ける。
「かしこまりました」
心の許した笑顔が温かい。
まゆみは、慣れた手つきでグラスホッパーを作り始めた。キラリと光る銀色のシェイカーに生クリーム、ホワイトカカオリキュール、ミントリキュール、氷の順に入れてシェイクする。
ここは、首都圏の県庁所在地にあるショットバーである。複数の飲食店が入る八階建てのビルのワンフロアに入るそのバーは、カウンター席が十五席、テーブル席が四つあるやや広めなバーだった。
火曜日の七時前ということもあり、男性の他に客はいない。マスターは来店予定の客と電話中のようだ。店内には、ほどよい音量でジャズが流れている。
このバーで、まゆみはバーテンダーをしている。長身でスラリとした体型をしており、顔つきもキリリと整っている。髪は頭の上でまとめられていて、仕事のじゃまにならないようにしている。白の襟付きのシャツに黒のベストを着て、下は黒のパンツスタイルであわせている。とてもセンスが良い。まゆみは、男なら誰もが一度は憧れるような美人だった。
一方、男性は本屋敷理斗という。中性的ながら凛々しい顔立ちで、体つきはやや細身だがスーツをしっかりと着こなしている。都心に本社を置く食品メーカーの正社員で、本社で経理を担当している。月の中頃であるこの日、経理の仕事は忙しくないので定時で退社し、まゆみのいるバーへと足を伸ばしていた。
「お待たせしました」
コースターが敷かれ、その上にカクテルグラスに入ったグラスホッパーが置かれる。
グラスホッパーとは、バッタやイナゴ、キリギリスなどを意味する。カクテルはその名の通り淡い緑色をしている。チョコミントアイスのような味でアルコール度数も高い。理斗が一番気に入っているカクテルだ。
理斗はひとくち飲んで、甘さと爽やかさのバランスに満足する。
「あのね、今度の日曜日も理斗のところに行っていい?」
まゆみは小声ではあるが、ほほえんでいた。
「もちろん。隔週日曜日は、まゆみを待ってるから」
「うん、ありがとう」
ふたりの会話には、気心の知れた親密さがただよっていた。
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