黄金の林檎

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「……もしもし」 『お仕事は順調かァ?』 通話ボタンを押したと同時に聞こえた軽薄な声に、苦笑いが零れる。 「おかげさまで、まだ二匹しか駆除できていないよ」 名前と顔写真しか載っていない、資料と呼べないものを寄越した誰かさんのせいでね。と言う嫌味に気付いたのか、気付いていないのか。電話の向こうの男は楽しそうに「ご苦労様ァ」なんて思ってもいない事を言う。 「……で、何の用かな」 この男が私を労う為だけに連絡してくるなんてありえない。 「おいおい、急かすなよォ。せっかく親友が面白い話持ってきてやったんだから、泣いて喜ぶべきだろー?」 「……厄介事、の間違いじゃないのかな。それより今は手が離せないんだ。話は今度にしてくれる?」 彼の相手をしている暇はないと、通話を切ろうとした私の耳に「そこの女のことなんだけどォ」と言う声が聞こえて、スマホを耳に当て直す。 「……君に覗きをする趣味があったなんて驚きだな」 軽口を叩きながら、さりげなく辺りの気配を探る。 「……上か」 頭上にある多数の気配に顔を上げた。 「大っ正解!!」 突然、長い濡れ羽色の髪をひらめかせながら上から降ってきた男に、女の喉が引き攣った様な歪な音を漏らす。 目を白黒させて、男が落ちてきたであろう、雑居ビルの屋上を見上げて。今度は落下の衝撃で抉れたコンクリートを見つめて。そのまま静止した。 「あ、驚かせちゃったァ?」 へらへらと笑って、犬猫にやる様に女の髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。 「あァ、そうそう! オレはぬらりひょん。よろしくなァ、松永泉(まつながいずみ)サン?」 「ど、うして」 呆然と呟いた女は強い動揺のせいか焦点が合っていない。 「オレこれでも妖怪の総大将なんてやってるからァ。色んな繋がりがあるワケ。で、今回は知り合いの警察に頼まれて、行方不明になった松永泉の捜索を手伝ってた感じィ」 ぬらりひょんに警察から協力要請が来ると言う事は、怪異絡みの案件か。 「彼女を攫ったのはアレって事?」 血だまりに沈む頭部の無い元同族を指させば、ゆっくりともったいぶる様に。ぬらりひょんは首を横に振った。 「今朝方、松永泉の恋人から通報があったんだってさァ。スマホも財布も家にあるのに、泉が家に居ない! 誘拐されたに違いない! 泉を助けてくれ! ってそりゃ馬鹿みたいに必死にねェ」 それは恋人とやらのモノマネだろうか。本人に会った事はないけれど、似ていない事だけは何となく察する。 「普段なら相手にするわけねェけど、松永泉はこの顔だ。過去にも犯罪に巻き込まれた事が何度もあったんで、警察も捜査し始めたワケ。……で、松永泉の携帯に非通知から一時間で四回も電話があったもんだから、これは誘拐の可能性が高いって大騒ぎ。だけど防犯カメラには何も映ってない。室内に争った形跡もない。もう人間じゃ無理! ってんで、俺に話が回ってきたんだよクッソ面倒な事になァ」 激しすぎるテンションの落差に聞いているこっちが疲れる。まぁ、その話のおかげで大体の事は分かった。 「いやァ、それにしても恋人が大騒ぎするだけあって本当、キレーな顔してんなァ」 遠慮なんて一切ない不躾さで顔を眺めるぬらりひょんに、松永泉が僅かに身体を引いた。 「それで? 誘拐犯は何処の誰だったのかな」
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