黄金の林檎

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人間には手に負えない相手。それなのに松永泉は、私達の目の前にいる。警察の目を掻い潜れるほどの力がある者の下から、ただの人間が逃げ出せるはずがない。 「ん? ……あァ、攫い屋マリー。聞いた事くらいあんだろォ? 都市伝説のメリーの姉貴。ま、俺も攫い屋が関わってんの知ったのついさっき何だけどォ。なァんか、保護して守ってあげて欲しいって、ご本人サマから連絡きた」 驚きに目を見開いた松永泉を視界の端に捉えながら、私自身も驚きを隠せない。 攫い屋マリーの話は私も聞いた事がある。何でも、脱獄不可能と言われる監獄の中からでも人を攫える怪異らしい。 攫っている間だけ、どんな強固な障害も無いものとしてしまう特異体質で、身内に引き込みたい輩が後を絶たないと言う。 「……攫い屋マリーは噂話だと思っていたよ」 度々名前を聞くものの、実際に会った者を私は知らない。血眼になって探している連中は、誰一人として出会う事が出来なかったそうだ。 「俺も何度かコンタクト取ろうとしたんだけど、ちっとも繋がんねェ。段々めんどくさくなって、探すの止めちまった途端にこれだ。ツイてんのかツイてねェのか分かんねーよなァ」 「結果として攫い屋と繋がれたんだ。ツイてる方だよ。……それにしても、君は攫い屋とどんな関係なの?」 あれだけ姿を現さなかった攫い屋が、自分を探し回っているぬらりひょんに借りを作るような事をする理由が分からない。そこまでして松永泉を助けたかった理由でもあるのか。 少しだけ迷った素振りを見せて、松永泉は消え入りそうな声で「私みたいな人を助けてくれるのがマリーさんなんです」と言った。 「……なるほど。連れ出す時は証拠も残さず、障害も無いものにする代わりに、連れ出した後は一切の関与が出来なくなる能力か」 松永泉が一人でいた理由も。保護して守って欲しいとわざわざぬらりひょんに頼んだ理由も。そう言う事だった納得だ。 ただの都市伝説にしては強い能力はやはり、制約があるからこそ発揮されるものでしかなかった。 ぬらりひょんも気づいたらしい。やれやれとでも言いたげに肩を竦めていた。 「なんとなァくそんな気はしてたけど、とんだ無駄足ィ」 「……そんな事思ってもいないくせに」 何せこれで攫い屋は、ぬらりひょんに大きな貸しを作った事になるのだ。万が一があった時に、その力はきっと役に立つ。 「……そー言うんじゃねェの」 不貞腐れている理由は、多分。攫い屋を自分の手で見つけ出して、配下に加えたかったからだろう。 口では探すのが面倒になったと言っていたが、諦めが悪くて、なんだかんだ優しいぬらりひょんの事だ。攫い屋を身内に引き入れて、守るつもりだったのかもしれない。 私には、縁がない感情だった。
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