黄金の林檎

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「さァて。松永泉も保護したしィ。さっさとこんな汚ねェ所、おさらばしようぜ」 「……あの。私は、これからどうなるのでしょうか」 掠れた声に、揃って声の主に視線を向ける。握りしめられて白くなった手が痛々しい。 でも確かに、不安になるのも分かる。松永泉にとって一時的に保護されるだけでは根本的な解決にはならない。攫い屋が能力を発揮するために必要な条件が揃っていたからこそ、松永泉はここにいるのだ。 ​────松永泉は、不当に監禁されていた。 自分の中で沈んでいたモノが、息をして。浮かび上がってくるのを自覚する。 欲の孕んだ目で見下ろしながら、女だったらよかったと口にするアイツの顔が。 私に触れてくる、屍の様な手が。 手足に繋がれた悪趣味な金色の鎖が。 無駄に華美な鳥籠が。 そんな吐き気が込み上げる光景が、泡の様に次から次へと表面に浮いてくる。 「イーヴ。それ以上やったら、ここら一帯の生物が死んじまうぞ」 一際大きい気泡が、浮かんでくる前に消えた。 そっと顔を上げれば、険しい顔をしたぬらりひょん。その隣で酷い顔色をして、私を真っすぐに見つめている松永泉が居た。 容量を超えた怒りと殺意が、私と言う器に収まらずに零れだしていたらしい。人間にとって、これは猛毒のはずだ。 「……ごめん。……君は、身体は大丈夫?」 こんな近くで毒を浴びて、意識を保っているだけだも奇跡だ。これ以上負荷をかけない様に。距離を取ったまま声を掛けた。 「私は大丈夫です。……あの、イヴさんは」 大丈夫ですか。そう続けられた言葉と伸ばされた手に困惑する。 私の手に触れた松永泉の手は、温かい。 もう一方の手が無意識に、松永泉の頬に触れた。夜風に当たって冷えてしまっているが、その奥にちゃんと温かさがあって。……不思議と、心地良さがあった。 「なァイヴ。お前、松永泉の面倒見てくんねェ」 突然名案だろ。と言いたげに笑い、そんなふざけた事を吐かしたぬらりひょんに、目尻に力が籠る。 「……決めるのは松永泉だよ」 「いいや、違うね。イヴ。お前が決めなァ」 冷たい風が身体の内側から熱を奪う。凍った血が身体の末端を錆つかせていく様に、動かなくなった。 「……君は神にでもなったつもりか。松永泉はお前の配下でも玩具でもない。罪を犯した訳でもない。自分で選択する権利がある。そんなに神の真似事がしたいなら、配下に相手をして貰えばいい。お前の傀儡達なら喜んでやってくれるだろう?」 自分の吐く声すら、冷たい。 「……イヴ、俺の家族に当たるのは止めてくんねぇ?」 家族。飛び出てきた思わぬ言葉に失笑する。 「弱者を囲って家族ごっこ?随分ぬるくなったねぇ、ぬらりひょん。強者が隙を作れば、有象無象の食い物にされるって言うのに、随分呑気だね。平和ボケしちゃった?」 路地裏の入口から。空から。あちこちから殺気が膨れ上がるのを感じた。 ……気に食わない。力の差は歴然で、どう足掻いても私には敵わないくせに、立ち向かおうとしてくるのも。 ぬらりひょんの足を引っ張るだけの無能のくせに、家族面して見せつけてくるのも。全部気に食わなかった。 「……昔みたいにさ、自由気ままに生きてる方が君らしいよ。自分にわざわざ枷を付ける必要が何処にあるの?」 天上天下唯我独尊。そんな言葉を体現していたぬらりひょんに。私はずっと憧れていた。 自らの手で未来を選択し、堂々と歩く姿は私にとって、(きぼう)だった。 「……何時まで昔の事引きずってんだよめんどくせェな。お前を縛る奴はもういねェ。全部ぶっ壊してきたろ?」 ぶっ壊してきた。……確かにあの時、ぬらりひょんによって全部壊された。 だけど、消えない。ずっと瞼の奥にこびり付いて、私を苛み続けている。
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