黄金の林檎

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私は人間によって創られた。 神がイヴを創った様に。人間の肋骨をベースにして、おまけとばかりにアダムとイヴの子孫だと言う人間の血と他にも色々混ぜて。何度も何度も失敗した末に、私は誕生した。 その人間は歓喜した。白銀の美しい髪に神の血の如く澄んだ赤い瞳。美神と崇められる神達と遜色ない美貌。 自分が創造神ヤハウェを超えたモノを創ったのだと、有頂天になるのは当然の結果だったのかもしれない。 そしてその人間は、自分が創った最高傑作に傷が付かない様に。もしくは禁忌を犯した自らの身を守るため。 どちらだったのかは今となっては分からないが、私を鳥籠と言う名の檻に閉じ込めた。イヴと言う名を付けられたのも、その時だ。 『イヴ。あぁ、イヴ。君は今日も美しいね』 毎日私の下へやって来て、粘度の高い声で一方的に話しかけてくる人間から知識と何かの血を得て。ただただ檻の中で息をする。 何年、何十年。もしくは何百年。私はずっと、暗闇()の中にいた。 『また失敗作を生み出してしまった。やはり君こそ私の全てだイヴ』 骨と皮のおぞましい手で。私の髪に。手に。身体に触れる男。 『お前が女だったのなら、私達二人の血を後世に残す事が出来たのになぁ』 落窪んだ昏い目が幸せそうに歪み、自分を写す度に。 『愛しているよ。私の最高傑作(イヴ)』 愛と呼ぶには汚いモノを男が吐き散らかす度に。 手を振り払う勇気も、耳を塞ぐ度胸もなかった。恐怖に身体を震わせる事しか出来ない自分が惨めだった。 その恐怖と自己嫌悪は更なる枷となった。手足を繋ぐ鎖を重くして。指先から少しずつ。自分と言う存在が闇に侵食される錯覚に、恐怖を煽られる。 いっそ狂ってしまえれば良かったのに、と。何度も頭を掠めた。 『おいおい、随分悪趣味だなァ』 生きているのに、死んでいる。そんな私の前に、ぬらりひょんは何の前触れもなく現れた。 閉じられた私の世界に突如現れた男は、生命を感じさせる強い光を瞳に宿していた。 『オレはぬらりひょん。お前、名前はァ?』 『……イ、ヴ』 『へェ、良い名前。……で、イヴ。お前何でこんな牢屋ン中いんの?』 何で此処に居るか。そんな事考えた事もなかった。 『分からない』そう答えた私に眉を顰めて。金色の格子の向こう側にどかりと座る。 『んじゃ、どっちか選べ。此処で虫けらみたいにくたばるか。オレと来るか。さァ、お前はどっちを選ぶ?』 黄金の瞳が私を写して更に輝いた。 産まれて初めて。大きく心臓が脈打つのを感じた。喉が締まって、声が出なくて。 だから必死に、重い腕をぬらりひょんの方へ伸ばす。じゃらりと鎖が不快な音を立てたのも、何故だかその時は気にならなかった。 『上出来ィ』 三日月の様に黄金が細められた途端、冷たくて重い鎖が。檻が。派手な音を立てて崩れていった。 『さァ、こんな気分悪ィとこ、さっさと出ようぜ』 上手く歩けない私を抱き上げて、ぬらりひょんはいとも簡単に私を地獄から連れだした。 『ここまで来たら大丈夫だろ。後は、お片付けと行こうかねェ』 小高い丘の上。絵本でしか見た事の無かった満天の星空の下で、ぬらりひょんは空に手をかざした。 熱風が、距離があるはずのここまで届く。 鎖が。檻が。屋敷が。あの男が。燃えていた。 どこまでも燃えて。最後に残ったのは、焦げた匂いと灰だけ。 『……ありがとう』 『オレはちょっと手ェ貸しただーけ。これはお前が自分で選んだ結果だろォ?』 涙で歪んだ視界の中、手に赤い物を握らされる。 『さァて、それ食って行くぞ』 『……これ、何?』 『林檎。なんか選択って意味があるってどっかの人間が言ってた気ィするから特別にやる。今のお前にぴったりだろー?』 特別な、私の林檎を両手でしっかりと持ち直す。 『これ、取っておいてもいい?』 『はァ?食べ物粗末にすんなばァか。また買ってやるからさっさと食べなァ』 口に押し付けられた林檎をかじれば、しょっぱくて。でも、何故か。すごく美味しく感じたんだ。
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