Battle against myself ―自分との戦い―

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 PCゲームストアでゲームを購入し、PCにハンドルとペダルのキットを接続している。  ハンドルは一般的な丸型ではなく、長方形のフォーミュラーカー用ハンドルだ。右に左に、時にはカウンターを当て。右脚でアクセル、左足でブレーキを操作し、画面のマシンを走らせている。  視点はドライバー視点。視界が低く、ハンドルとそれを握る手が映し出されて。ドライバーを保護するHALO越しに景色が見えると同時に、フォーミュラーカーの先端とタイヤが見える。さらにその先に別のマシン。それを追う。  自分が操作するマシンと同じ黒いフォーミュラーカー。  追っているのは自分。自分で自分を追うのだ。  タイムトライアルモードで、自分が叩き出した自己ベストタイムの自分、ゴーストを追い掛けている。  シムレーシングでは、ベストタイムを叩き出した時のリプレイがゴーストとして表示されるのである。  ゲームタイトルは、Forza E。電動レーシングシリーズのシムレーシング版だ。鋭く突き抜けるモーター音がヘッドセットから耳を突く。  世界的IT企業ソフトミクロのゲーム事業部門が出したゲームタイトルだ。  レースシリーズやそれに参加するレーシングチームに、協賛企業等々からライセンスを取得し、制作、販売されている。  どこかヨーロッパの市街地コース、暖色系の目に優しい、ファンタジーゲームの中に入り込んだのかと思うほど美しいヨーロッパの街中を、電動レーシングマシンが駆け抜けてゆく。  教会の脇の右高速コーナーを駆け抜け……、右に左にコースを駆け抜け、右直角の最終コーナーを抜け、メインストレート。たくさんのポールが立ち並び、たくさんの国の旗が掲げられている。その背後にそびえる街の議事堂の前の直線。  アクセル全開で駆け抜け……。 「本当にこいつはオレか!」  水原龍一(みずはら・りゅういち)は思わず呻いた。  黒いTシャツにジーパンのラフな格好ながら、手には赤いレーシンググローブに足には黒いレーシングシューズという、さりげない本格装備でシムリグに身を預けている。  日曜の朝、朝飯を食って、友人と軽くボイスチャットでなんでもな会話をしてから、タイムトライアルモードをプレイしている。  練習のつもりが、熱が入り、ガチのプレイとなっていた。  市街地コースは架空の街、ディオゲネスと名付けられた架空の街の道路のサーキットを走っている。  ちなみに、ディオゲネスとは、古代の大王・アレクサンドロス三世に対して、 「あんたが立っとると日陰になるからどいてくれ!」  と言ってのけた、頑固にして勇気のある大樽を住処とする変人、もとい哲学者の名である。(詳しくは検索を)  なぜこのゲーム開発チームはこの架空の街にディオゲネスという、そんな変人、もとい哲学者の名を付けたのか。  公式な発表はなぜかなされずに、おのおのの想像に任されっぱなしの放置プレイ状態だった。  龍一は深く考えないでいたが、インターネットで知り合い友人となった韓国人シムレーサーのユン・フィチ(尹貴志)は、 「ディオゲネスは自らを世界市民と名乗っていたから、それにちなむんじゃないかな?」  と、推理したのだった。 「世界市民だかなんだか知らねえが、ここはとんでもねえ大樽だぜ」  龍一は独りごちた。 「でも日当たりはいいよ」  ヘッドセットからそんな声が漏れる。フィチだ。韓国人ながら日本語も上手かった。外国語がからきしな龍一はおかげ大助かりだった。 「でも、自分のゴーストと張り合ってると、本当に自分なのかと言いたくなっちゃうね」 「日本人のオレ以上に日本語がうまいな。他に英語も出来るし。フィチこそ世界市民だよ」 「カムサハムニダ。褒めても何も出ないよ」
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