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分かっている。分かっていた。
その夜、イヴは眠るユリエルの顔を眺めながら、唇を噛んだ。
彼はベッドで穏やかな寝息を立てていた。銀の髪が燭台の灯りを鈍く反射している。本物の御伽噺の王子様のようだ。そのかんばせの半分が呪紋の進行を抑える劇薬を浸した呪布に覆われていても、イヴにとっては——。
でも、彼にとっては違うのだ。
ベッドの横で石像のように佇んでいたイヴが、そっと身をかがめた。覆い被さるように寝顔を覗き込んで、垂れ落ちる自分の髪を押さえる。規則正しく呼吸を繰り返す唇に唇を寄せた。
吐息が交じる。
触れたのは一瞬だった。イヴは弾かれたように後ずさり、口元を覆ってユリエルを見下ろす。
静かな寝姿には、何の変化もなかった。
「……ふふ」
喉の奥から笑い声が漏れて、慌てて部屋をあとにした。扉を閉めたところで、ずるずると崩れ落ちる。乾いた笑いが泡のように浮かんでは消えた。うずくまって必死に声を噛み殺す。
どれほど純粋な恋心で飾り立てようと、イヴが振りかざしたのはただの暴力だった。運命の乙女なんてロマンティックな響きに憧れて、ユリエルのためを想って、だなんて綺麗事を言いながら、下心を持って。こんな愚かで醜い女が、運命の乙女になんてなり得るはずがない。
朝日が上るまで、イヴはそうしていた。
ひたすら惨めだった。
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