呪われた王子様と脇役の私

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 〈暁の宮〉は、真白い壁に鮮やかな琥珀の装飾が施された華やかな離宮だった。廊下を歩けばひっきりなしに人と行き交い、その誰もが流行のドレスや礼服に身を包み胸を張って歩いている。 「ようこそ兄上。ご足労をおかけして申し訳ないですねえ」  常と同じに〈暁の宮〉の最奥で待ち構えていたジルは、少し肥えた体を柔らかそうなチンツ張りの椅子に投げ出し、ニヤニヤ笑いを浮かべていた。背後には美しい女たちを侍らせ、目の前のテーブルには瑞々しい果物や、美味しそうな茶菓子の載った皿が所狭しと並べられている。 「用件は何だ?」  ユリエルは弟の言葉を無視し、イヴが引いた椅子に腰掛けた。優雅に足を組み、心持ち顎を上げてジルを見下ろす。前髪の間から覗く蒼瞳の底で、冷たい光が冴え冴えと輝いていた。  ジルがごくりと唾を飲み込み、視線を床に彷徨わせた。だがすぐに顔を上げ、薄っぺらい笑顔を見せる。大げさに腕を振りながら、 「もう少しで僕の誕生日パーティですから。兄上にもぜひ参加して欲しくって。今日は招待状をお渡ししようと思ったんですよ」  侍る少女の一人がほっそりとした手を伸ばし、ユリエルの前に白封筒を置いた。  彼は一瞥もせず、 「用件はそれだけか。くだらない」 「いえいえ、まだありますよ。そこの世話役の話なんですがね」  急に指差されて、イヴはびくりと肩を揺らした。ジルのねっとりした視線が肌を這うような気がして、思わず体を抱きしめる。  ユリエルが顔をしかめた。 「……彼女がどうかしたか」 「実は父や母とも話していたんですよ。王族に対するイヴ嬢の献身は素晴らしい。ぜひとも報いなければならない、と」 「要点を話せ」 「ですから」  ジルが舌で唇を舐めた。 「イヴ嬢を、僕の何番目かの愛人に迎えようと思うんですよ。良いアイデアでしょう?」 「——ふざけるな」  ぞっとするほど冷たい声に、イヴは思わず身をすくませた。ユリエルの顔からは完全に表情が抜け落ち、わずかに見開かれた目だけが炯々と光っている。  ジルがヒュッと息を呑み、背中を背もたれに押しつけた。しかし脂汗の浮かぶ額を手でこすり、勝ち誇ったように唇の端をつり上げる。 「でも兄上がイヴ嬢に何をしてやれるっていうんです。僕の誕生日の一週間後に、あなたは十八歳のお誕生日を迎えるというのに」 「言いたいことは、それだけか?」  限りなく静かな口調で、ユリエルは言い放った。ともすれば穏やかとも言える響きには、抑えつけられた激情の気配が漂っていて、触れれば爆発しそうだった。  部屋の中は夜の底に落ちたように静まりかえっている。外の喧騒が遠い。イヴは立っているのが精一杯だった。  ユリエルが席を立つ。指先で招待状を摘み上げ、しきりに瞬くジルの前でひらひらさせた。 「お招きどうもありがとう。イヴとともに参加するとしよう」 「……あ、お、おい!」  ジルが椅子を蹴立てたときにはもう、ユリエルはイヴの手を取って部屋を出ようとしていた。最後に振り向き、冷え切った声で吐き捨てる。 「二度とイヴに下衆な視線を向けるな」
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