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〈落日の宮〉に帰っても、ユリエルは無言のままだった。イヴは何度も口を開いては、かける言葉が見つからず、結局目を伏せるだけだった。
ジルの言葉は事実だ。もうじきジルは誕生日を迎え、そしてその後——。
「イヴ」
低く名を呼ばれ、イヴは肩を震わせた。
太陽は地平線にわずかに顔を覗かせるだけとなり、窓の外は薄闇に包まれている。燭台に火を灯さなければ、と思った。
「こっちへおいで」
薄暗い部屋の中、ユリエルが一歩近づいてくる。ブーツの踵が床を叩く硬い音が、物の少ない部屋に大きく反響した。
「寒いのか?」
震える彼女に気遣わしげな声をかけて、ユリエルがそっと腕を広げる。イヴが嫌がらないことを確認すると、強く彼女を抱きしめた。
それで限界だった。
「ユリエル様」
イヴは子供のようにしゃくりあげ、ぼろぼろと涙をこぼした。ユリエルの大きな手のひらが彼女の頭を撫でる。その暖かさにますます目の奥がつんと痛んだ。
痛いくらい囲われた腕の中、彼女は顔を上げた。濡れた瞳で強くユリエルを見つめる。
深く息を吸い込み、はっきり告げた。
「私と、口づけしてください」
イヴは目をそらさなかった。彼女のブラウンの瞳に射竦められたように、ユリエルの手がぴたりと止まった。
彼のシャツの胸元を握りしめて背伸びをし、必死に言い募る。
「どうかユリエル様のために……運命の乙女、かもしれないでしょう」
「イヴ、それはできない」
ユリエルはきっぱりと首を横に振った。苦しげに顔を歪め、腕をほどく。
急に寒気が忍び寄ってきた気がして、イヴは体を震わせた。
「ど、どうして、ですかっ……」
どんどん濃くなる闇の中、彼の表情は窺えない。ただ声だけが、無慈悲なほど大きく部屋に響いた。
「君は『運命の乙女』にはなり得ない」
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