呪われた王子様と脇役の私

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 ジルの誕生日パーティは、王宮でも最も豪奢な大広間で行われた。  天井から吊り下がるシャンデリアの光が、金彩の壁を眩く照らす。色とりどりのドレスを着た淑女が花の咲いたように裾を翻し、笑いさざめく。  その大広間の壁際で、イヴは一人立ち尽くしていた。  途中まで一緒だったユリエルとははぐれてしまった。ジルに挨拶をしてくるから待っているように、と言われて、それきり姿を現さない。  窓の外を覗く。銀の砂を撒いたような星空に、真円の月が浮かんでいた。  不吉な第一王子の世話役に話しかけてくる者はいない。今日のイヴは、なるべく目立たぬように、深い緑色の地味なドレスをまとっていた。フリルもリボンも最低限で、もちろん宝石は一つも身に付けていない。  ユリエルはもっと華やかなものを用意しようとしたが、イヴが断ったのだ。そんなところに力を入れるくらいなら、第一王子であるユリエルの恰好を整えるべきです、と。  彼が身にまとうのは、高貴な青色の礼服。瞳に映えていて、すらりとした体躯にぴったりだ。隣に立つだけでも背筋が伸びる端正な佇まいだった。  入場する際には「ジルには近付くなよ」と心配そうに瞳を覗き込んでくるものだから、イヴは暴れる心臓を抑えるのに必死で、世話役らしく控えめに微笑んで頷くのが精いっぱいだった。 (やっぱり、ユリエル様を探そう)  もしも彼の身に何かあったらと思うと、イヴの胸が酷くざわめく。  イヴが大広間の真ん中へ一歩踏み出したとき。 「イヴ嬢、こんなところにいたのか」  横から腕を掴まれた。勢いよく振り向くと相変わらずニヤニヤ笑いを浮かべるジルが立っていた。珍しく取り巻きを連れていない。 「まあ、ジル様。今宵はお招きありがとうございます」  恭しく頭を下げたイヴの耳元に、ジルが囁いた。 「あの男を探しているのだろう? 連れて行って差し上げよう」 「はい?」  イヴは眉を寄せる。しかしジルは強い力で彼女の腕を引っ張った。 「お待ちください、私は」 「早く行かないと、劇的な瞬間を見逃すぞ。なんせあの男は、異国の令嬢と逢引きの最中だからな」 「なっ……」  イヴは目を見開いた。ジルはますます笑みを深くし、 「異国までは呪いの話も届いていないのだろうよ。これは君のためを思って言うが、あの男はやめておけ。僕も可愛がってやるぞ? 愛人として」 「ユリエル様はどこです?」 「おい、話を聞け」  連れて行かれたのは、王宮の中庭に設られた薔薇園だった。なるほど確かに、月の光に照らされて、ユリエルと金髪の美しい令嬢が連れ立って歩いていた。令嬢が微笑みながら何事か話しかけると、ユリエルが静かに頷き返す。まるで一幅の絵画のようだった。  生垣に隠れて二人の様子を窺いながら、イヴはぽかんと口を開けていた。 「だから言っただろう。あの男はやめておけ」  ジルの言葉も耳に入らない。手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握りしめる。血の気が引き、立っているのがやっとだった。  風が吹く。葉がこすれて囁くような音を立てる。花びらが舞い散る中、それはまるで夢のような光景だった。  令嬢が腕を伸ばし、ユリエルの頭を引き寄せる。彼は抵抗せず、少し顔を傾ける。前髪が垂れ落ちて、紗の幕のように彼の目元を覆い隠した。  二人の影が重なった。  影は、すぐに離れ——そして様子がおかしいことに気づく。ユリエルが呻き、仮面を取り払った。令嬢が甲高い声で悲鳴をあげる。 「おい、あれは!」  ジルがイヴを突き飛ばしてユリエルに駆け寄る。イヴはよろめきながら、両手で口を塞いだ。そうしなければ、自分でも何を言うか分からなかった。  青白い月光の下、イヴは確かに目が合った。禍々しい呪紋が取り払われ、まっさらなかんばせを晒すユリエルと。  呪われた王子様の元に、運命の乙女は現れたのだ。
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