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『カツンッ。御待たせして申し訳ありません。御婆様。母上』
熟練した職人が製作した厚手の絨毯の上で、革靴の踵を合わせて直立不動の姿勢を取り、心底よりの尊崇の念を込めて恭しく深々と御辞儀を行いました。
『面を上げなさい』
長年に渡り侯爵家を取り仕切られている、前侯爵夫人であらせられる御婆様の声を受けて。
『有難う御座います。御婆様』
御許しを得て面を上げますと、前侯爵夫人であらせられる御婆様と、侯爵夫人であらせられる母上の御二方が椅子に腰掛けていられました。
『卿も十二歳になりましたね』
御婆様の御言葉に、私は再び恭しく深々と御辞儀を行い。
『はい。御婆様。仰せの通りで御座います』
私の祖父の前侯爵閣下と、私の父の侯爵閣下は、政務に関する能力が欠落していられるので、侯爵家の意思決定は御婆様と母上の他家から輿入れされて来られた女傑の御二方が担われていられます。
『掛けなさい』
御婆様と母上の御前で椅子に座る事を御許し頂けるのは、幼子の頃以来だと思います。
『心底よりの御礼を申し上げます。御婆様』
御婆様の御許しを得て執事が引いた椅子に腰掛けてますと、母上が先祖代々続けて侯爵家に仕えている家臣の家に生まれ育った、初老の侍女長の方に視線を向けられて。
『例の物を』
『はい。侯爵夫人様』
母上の指示を受けて侍女長が私の前に用意をしたのは、三種類の写真付きの資料でした?。
『卿の三人の婚約者達です。血統と家格と年齢に問題はありません。今後数年間交際を行い、正式に結婚して侯爵家に迎え入れる令嬢を一人選びなさい』
御婆様の御言葉に私は少し驚いて。
『最終的に妻にする女性を私が選んでも宜しいのですか?。御婆様』
孫である私の確認に、鷹揚に御婆様は御頷きになられまして。
『侯爵家を継ぐ者として卿は今後様々な困難に直面する事もあるでしょう。そうした危機を共に乗り越える事が出来ると思う伴侶を選びなさい』
侯爵家に生まれて初めて私に許された自由は、自らの伴侶を選ぶ選択肢でした。
『はい。御婆様。御期待に沿えるように努力させて頂きます』
今後私を何が待ち構えているのかは解りませんが、限られた選択肢の中から最良の伴侶を選択するのが、侯爵家の未来を担う私に課せられた責務です。
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