キミマツセカイ

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 ***  夢を見た。  真っ暗で何もない。誰もいない場所を、ただひたすら一人で歩いていく夢。夢が夢だとわかっていた。だからこそ私はなんだ、と諦めにあっさりため息をついたのだ。 ――やっぱり、私を待ってる人なんかいないじゃない。  この何もない暗闇の向こうに、何かがあるとでもいうのか。それとも自分は永遠に、このドス黒いばかりの世界を歩かされ続けるのか。いっそもうそれでもいい、と思った。このまま死ななければいけない朝を迎えるくらいなら、こうして眠り続けたまま苦しまずに死なせてほしい。自分がこの世界に必要がない人間ならば、もし神様とやらがいるのなら、それくらいの慈悲は与えられて然るべきではないか。  それとも。もっと苦しんで死ななければいけないほどの罪が、たかが小学生の私にあるとでも? ――ああ、小学生かは関係ないか。  自分で考えた言葉の矛盾に気づき、苦笑する私。 ――だって、平気で私の心を殺したあいつらだって、小学生だもん。小学生だから罪が軽いなんて、いじめても罪に問われないなんておかしいもんね。  もうどうでもいいや。ため息をつこうとした、その刹那。 「えっ」  突然、地面が抜けた。体がふわっと浮き上がる感覚――そして一気に落下する恐怖。足下に穴が空いていたのだ、と気づいた。真っ暗闇なせいでわからなかったのである。 ――や、やだ。  落ちる。そう思った瞬間、恐怖が全身を支配した。おかしなことだ、さっきまで電車に飛び込んで死ぬことを本気で考えていたはずなのに。  自分は本当に死ぬのか。このまま真っ逆さまに落ちて、地面に叩きつけられて、トマトのようにぐちゃぐちゃに潰れて、骨も肉もバラバラになって。想像してしまった瞬間、全身の血液が凍りつきそうになるほどの絶望に見舞われる。ああ、人間って、なんて愚かなのだろう。なんて臆病なのだろう。 ――やだ、こわい……死にたくない! 「夏菜子っ!」  コンマ数秒の間隙――誰かに力強く腕を掴まれた。え、と思って見つめた先。私の手をしっかりと握りしめる細い腕が見えた。そして。  泣きながら必死で私を引き上げようとする、唯斗の顔が。 「良かった……間に合った」  彼はポロポロと涙を零しながら、私に告げた。 「待ってたんだ。来てくれて良かった。本当にありがとう」 「ゆ、ゆい、と。なんで」 「ごめん。ほんとごめん。去年助けてやれなくてごめん。俺のせいで虐められてたのに、夏菜子になんもしてやれなくてごめん。ほんとごめん、ごめんっ……!」  あのな、と彼は続ける。 「死にたくないって思ってくれてありがとう。そうじゃなきゃ俺、迎えにこれなかったよ」  ポロポロと降るのは、温かくて優しい雨。きっとこれは、都市伝説でもなんでもなくて、私の妄想に違いないと思った。自分にとって都合のいい夢を見ているだけ。唯斗が私のことを望んでくれると信じたくて、それが夢に反映されているだけに違いないと。  そう、思うのに。  信じたくなるのは何故だろう。どうして私まで、視界が滲んでくるのだろう。 「……私のこと」  本当は、わかっていた。死にたくない理由も、都市伝説を試したくなかった理由も。  たった一人、君に嫌われたくなかったからで。 「現実でも、待ってて、くれる?」  美女と野獣の逆バージョンだとか、不釣り合いだとか、性格悪くていいところなんにもないとか。そんな風に揶揄されても、その手を完全に振り払えなかったのは。やっぱり君が、すきだったからこそ。 「当たり前だろ」  そして、真っ暗な闇に罅が。 「帰ろうぜ、一緒に」  粉々に砕けていく世界の向こう。私は確かに、青い青い空を見たのだ。
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