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『プロローグ』
恋は、もういいかなと思っていた。
あの日、昨日まで傍にいてくれた存在が、何も言わずに目の前から消えてしまった日。
僕の心の何処かが一瞬で氷のように固まって、そして今の今まで溶けることはなかった。
それはきっと温かい感情の核のような部分で。
人を愛する事や、人と触れ合う事、人を信じる事。
そんな他人への愛情を司る何かだったんだろうと思う。
何の痕跡もなかった。
彼の家に行っても、家の中はもぬけの殻で、これが世に言う「夜逃げ」というものか、と幼ないながらに理解した。
何処かに自分宛の連絡先が残ってはいないかと思ったが、しっかりと施錠されたままの家の前で成すすべもなく立ちすくみ、そのまま夜も更けた頃に家に帰った。
窓から覗いた感じでは、家の中にはほぼ何も残ってはいなかった。
段ボールが床に幾つか残っていて、持っていける物は全て持って行ったのだと知れた。
次の日、いつもよりも早く学校へ行った。
もしかしたら、学校には普段通りにやってくるかもしれない、と微かな期待を胸に教室へ入ると、あいつの机は昨日と同じ場所にあって、心底ほっとしたものだ。
机があるなら、きっとあいつは登校してくるんだろう、とそう思っていたのに、一人、また一人と登校してくるクラスメートの中にあいつの姿はなかった。
鐘が鳴って、担任の教師が入ってきて、それでも僕はあいつが登校してくるのを信じていたのに、「突然だが、角谷は急遽転校することになった」という一言に全ての望みを絶たれた。
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