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永年勤続10年
「宮村くん、ちょっと」
廊下から入ってきた課長が、カウンター越しに私を呼んだ。
頷いて近づいていくと、A4の紙を一枚渡される。
「次の創立記念式で、表彰の対象になってるぞ。壇上に上げられるから、気にしておいて」
分かりました、と頭を下げると、課長は出て行った。
庁内連絡、と書かれたその紙には『永年勤続表彰・対象者』と書かれていて、勤続10年のところに私の名前がある。
まだ10年、というのか、もう10年と思うのかは人それぞれだけど、何となく10年もいる、というのが私の実感だった。
かつてはこのエリアで日刊新聞を発行していたうちの会社は、新聞の部数が減ってくると、出版部門を立ち上げた。
新聞を印刷する機械で、本の中身ページを一気に大量に刷ることができるからだ。
主に年配の人たちが、自分史を作って自家出版をするのがブームになり、大手と違って100部、200部、といった小ロットの印刷を可能にしたことで、注文が入ってくるようになった。
そこからカタログやパンフレット、チラシなども作るようになり、この辺りでは大きな印刷会社となっている。
社内にデザイナーを置き、製本など、どうしてもできない部分を除き、印刷・出版の全てを手がけるようになって、部門はどんどん増えた。
今では紙物だけでなく、動画制作までやっている。
7年前、仕事を取ってくる営業と、制作が中心のデザイナーの間に、柔軟に対応できる人をおいて、クライアントの要望に的確に応えられる体制を作る、ということで、私の席はできたらしい。
営業とデザイナーの最初の打ち合わせから立ち会い、時には営業のフォローをしたり、デザイナーの進行状況を把握しておくことと、仕上がり期日を守るために、印刷部門の日程も把握し、並行して走っているいろんな制作の仕事の調整役が私の仕事だ。
最初は総務に席があり、担当する仕事がたまたまそういう分野、というだけだったのに、10年の間に人も仕事も増えたことで、デザイナールームの片隅に席が移り、今では、総務課なのに仕事は独特で、営業部の一部みたいだけどそうではなく、デザイナールームにいるけどデザイナーではない、あやふやな立場の人になっている。
営業とデザイナー、印刷工場の担当者が、もう少しずつ手を出せば、私の席はいらないんじゃないか、と思うこともある。
別に軽んじられている訳ではないけど、やりがいがあるか、と言えば、それぞれの人に乗っかって、自分の仕事が成り立っている感が否めない。
そうやって過ごしているうちに、10年が経ってしまった。
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