永年勤続10年

3/3
前へ
/18ページ
次へ
「それでは、永年勤続の社員表彰に移ります。該当者を読み上げますので、壇上へ上がってください。 勤続10年は、営業宣伝部・和泉(まさき)くん、総務部制作室付・宮村天音(あまね)さん、勤続20年…」 私は、先に呼ばれた和泉の後をついて一段上のステージに上がった。 後から20年の人が3人、30年の人が2人、上がってくる。 30年も同じ会社に勤めてるなんてすごいな、きっとこの会社一筋なんだろうな、とか考えていると、社長が前に来て、30年の人から表彰が始まった。 私は最後に『目録』と書かれている熨斗袋(のしぶくろ)を受け取るとお辞儀をした。 勤続30年は20万円分の旅行券、20年は高級枕と10万円、私たち10年は5万円を受け取れる、と司会の人が喋ってる。 熨斗袋には、本当に現金が入っているようだった。全てが振込の時代に珍しい。 こうやって社員のモチベーションを上げることで、辞める人を増やさないように努力しているのだろう。 社長からねぎらいの言葉があり、私を含め、該当者が壇上から降りるとその場は終わった。 毎年恒例の創立記念式典。 全社員100名ほどが一堂に集まり、会社から昨年度の売り上げや、新年度の戦略などを知らされた後、略式のパーティーになる。 円卓の上に大皿料理が並び、飲み物は自分で取りに行く。 ホテルの利用率が下がるシーズンに、接客スタッフの人員が最低限で済む、内輪の会向けのスタイルだ。 会場のホテルはうちのクライアントで、会社から歩いて行ける距離にある。 ロビーに飾られている季節の料理写真が入ったパネルは、ついこの間までうちのデザイナーが作っていたものだ。 いつもなら同僚と適当に座るのだけど、今日は表彰者だったので、ちゃんと指定席があった。 隣には和泉がいて、永年勤務の先輩たちも並んで座っている。 社長や管理職の方たちが順々にやってきて、ねぎらいの言葉と飲み物を注いでくれる。 私は、隣に座っている和泉の視線をちらりと見た。 上座のテーブルに座っていた社長のところに、小町さんと彼の先輩が並んで立ち、何か話している。 すると社長が立ち上がり、司会者からマイクを受け取るとこう言った。 「え~、今日は嬉しい報告がありました。営業宣伝部の中村くんと、制作室の小町さんが入籍されたそうです」 会場全体から「お~」と声が上がり、皆が拍手をした。 そうなんだ、小町さんの相手が社内にいたとは知らなかった。 中村さんは、私たちより先に入社している営業部の中堅どころだ。ということは、お相手がいたからうちに入って来たのか。 入籍という節目を越えたことで、社長にもちゃんと挨拶して、公にしておこう、ということになったのだろう。 社内恋愛は珍しくない。誰と誰がくっついて離れた、とかいう噂はしょっちゅうで、周りの人は見て見ぬふりをしてるけど、入籍・結婚となれば堂々と並んで歩くことができる。 …だからやめなよね。そういうはっきりと残念そうな顔をするの。 私はふたりを見ている和泉に、心の中でそう言ってやる。 …彼女を手に入れたかったら、ちゃんと動かないとダメなんだよ。それなのに、チャンスを作ろうともしなかったでしょ? 和泉は拍手の人に加わろうともせず、目の前にあった水割りのグラスをぐっと(あお)った。 彼は小町さんの相手が、自分の先輩だということを知っていたのだろうか? 様子を見る限り、それはない気がした。つまり、知らずに好きになっていたのだろうな、と思う。私みたいに。 彼は、自分が表彰されためでたい日に、自分の秘めた恋が実らない、という現実を、はっきりと見せつけられた訳だ。 そして私は、そんな彼に自分勝手な歯がゆさを感じ、彼がそれなりに小町さんに本気だったことを知ったのだった。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

109人が本棚に入れています
本棚に追加