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「どうにも間違ってると思うんだよ」
放課後の人もまばらな教室で、右隣の席に座る田所くんは今日も眉を寄せていた。
彼はいつも怒ってる。
「なにが?」
「これだよ、これ」
その怒りの矛先は、誰に、というでもなく。
強いて言えば――。
「この『あなたの夢を三つ書きなさい』って間違ってないか? これじゃ夢は三つしか持っちゃいけないみたいじゃないか。おかしい。夢はいくつでも持っていいはずなのに」
右隣の席に座る田所くんは机の上に置かれたプリントを右手でばんと叩きながら訴える。先のホームルームで配布された将来の夢や目標を問うプリントだ。
来年には大学受験が控えているし、今後の進路の参考にでもするのだろう。
「まあ別に三つ以上あれば書いてもいいんじゃない」
「でも記入欄は三つしか用意されてない。これじゃ暗に『三つまでしか書いちゃだめですよ。それ以上持っても叶いっこないんだから』と言われてるように見えるだろ」
「このプリントそんなに饒舌かな」
クリアファイルにしまった自分のプリントを見る。名前欄に『赤里優美』と手書きの文字がある。配布物に名前だけはすぐ書いておくタイプだ。
「駄目だ。これは先生に一言言わなくては」
そう言って彼は立ち上がり、プリントを持って教室を出て行った。
田所くんは今日も元気だなあ。
私はそんな風に思いながら彼を見送って、家に帰ろうと鞄を持ち上げる。
彼はいつも怒ってる。誰に、というでもなく。
強いて言えば、世界に。
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