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「赤里さんはなんで怒らないんだ?」
右隣から声が聞こえた。ホームルームが終わり、部活や帰宅をしてから、
そういえば田所くんは放課後によく残ってるけど、部活とかしないのかな。
「聞こえてた?」
「ああ、聞こえた」
先週化学のノートを貸したクラスメイトに「赤里さんのノートすごくわかりやすくて、他のクラスの友達にも貸してほしいって言われたから貸しちゃった。ごめん、また一週間後に返すから!」と言われたのを聞いていたらしい。
「又貸しはあまり褒められたものじゃない。事前に許可を取るべきだ」
「勉強熱心なのはいいことでしょ」
「ノートが返ってこないと勉強できないじゃないか」
「その間は他の教科を勉強しとくから大丈夫。普段から授業ちゃんと受けてるから教科書あれば大体わかるし」
「そうじゃない」
右隣に座る田所くんは怒っていた。
その矛先を、今日はしっかりと私に向けて。
「赤里さん、都合よく使われてるぞ」
「知ってるよ」
知ってるよ、そんなこと。
とっくに気が付いていた。
普段ほとんど話したりしない彼女たちがテスト前だけ話しかけてくることに。
私のノートを餌に、他のクラスの子たちと繋がりを作っていることに。
クッキーなんて一度も貰ったことがないことに。
「じゃあなんで怒らないんだよ」
田所くんは拳を握っていた。彼は怒っている。
こんなにわかりやすい理不尽を目の前にして、どうして私は怒らないのかと。
どうして、ね。
「――たとえば」
私は右手でピストルを作って、彼の額に銃口を向けた。
「たとえば、私の怒りが指先からレーザービームになって田所くんの頭を撃ち抜いたとする」
「それはすごく痛そうだ」
「うん、すごく痛いよ。だから田所くんも少しは変わろうと思うんじゃないかな」
人差し指の銃口越しに、田所くんは真っ直ぐにこちらを見ている。
「でも私は指からレーザービームを出せないし、その相手を変えることはできない。むしろそのせいで相手を怒らせちゃうかもしれないし、今後もっとひどい扱いを受けるかもしれない。それなら怒る必要ないよ。適当に自分を誤魔化しちゃったほうが楽でしょ」
ノートを借りたい? 知識は広めたほうが良いよね。
他の教科も借りたい? 勉強熱心なのは良いことだよね。
他の人にも貸したい? そうだね、そうやって世界は回るんだ。
それでいい。あまり深く考えるな。いくら私が怒っても、その先に明るい未来はない。
私の怒りは何も変えられないから。
「私たちには何の力もないんだよ」
ばん、と私はピストルを撃つ真似をした。
当然のように、彼には何のダメージもない。
「……なるほど」
一言、そう呟いて。
「それはどうにも間違ってると思うんだよ」
田所くんは眉を寄せた。
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