第2話 美しき華の血を継いだ鳥

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第2話 美しき華の血を継いだ鳥

 強い鳥ほど美しい。  美しい鳥ほど強い。  その価値観は遥か昔から変わらない。美しさとは他者を惑わせる武器だ。この武器を磨き、最大限に活用する鳥はそれだけ多くの人間を喰らい力を高めていった。  長い鸞の歴史において偉業を成し遂げた鳥に、華絃(かいと)という名の雄が居る。  華絃は美の神に愛されたといっても過言ではないほどに顔立ちが整っていた。絹糸のように滑らかな紺色の長い髪は風が吹くたびに美しくたなびき、満月のように輝く瞳は見つめる者を恍惚とさせた。歌を詠めば誰もが涙し、舞えば楽士が演奏の手を止めていき次第に音色が消えていったという。不可思議な魅力を纏う鳥のことを誰もが当代随一の美丈夫と賛美した。  華絃は多くの者が辿らぬ生活を送った特殊な鳥だ。人里に降りる際は好んで雌の姿をとっていた華絃は、花咲く野原で時の権力者に見初められた。即座に求婚され、側室として城に迎えられた。正室や下女たちが妬むほどの寵愛を受け、蔵がいくつあっても足りぬほどの金銀財宝も賜った。夫の死後、傾国の美女ともいえる側室が財宝とともに姿をくらましたのはその地方の語り草になっているほどである。  後に華絃は四人の子宝に恵まれたが、その美しい血を色濃く受け継いだと里を騒がせたのが華月であった。   *  *  * 「すまないね。五羽貴(ごうき)の会議に時間がかかってしまって。だいぶ待たせてしまったかな」  申し訳なさそうな表情を浮かべながら和室に入ってきたのは華月だった。凛とした声に目を向けた帝麗と帝牙は、目の前に立つ鳥の美しさに動揺し、ごくりと息を飲む。  つい三日前にも元服の儀と宴で対面したばかりだ。にも関わらず、その儚げな美しさに何度でも心を奪われてしまう。 「お前達、いくつになっても僕の美しさに慣れないねぇ」  くすくす笑う華月に、二人の心臓はまたドキリと跳ねた。  華月は細身の肉体を持つ雄だ。大抵は喉仏が見えないようにタートルネックのセーターを着て、身体の線を隠すように上質なストールを羽織る。外見の筋肉量も必要最低限に抑えている。  彼が選ぶ行動は全て雌雄の区別をつけにくくする効果を生んでいた。おかげで常に得体の知れない魅力を、気配を放っている。 「華氏の血を引く鳥同士。ましてやお前達は僕の孫なんだ。同じくらいにとは言わないけど、もっと美しさに磨きをかけなければいけないよ」  もしも普通の人間が華月の姿を見て、言葉を聞いたなら、目玉が飛び出るほどに驚くだろう。孫が居る年齢といえば五十代から六十代あたりが一般的だ。  だが華月はどこからどう見ても二十代前半の若々しい姿をしている。子も孫も大勢居るとは誰も思うまい。  この現象は、鸞の特徴の一つである。  鸞は変化の術とは別に自身の肉体年齢や筋肉量などをある程度操作することができる。年配者が若い姿を保つ行為は、それだけでも鍛錬に値する苦行だ。特に鳥は長寿のため数十年数百年の経過で衰える細胞を妖力で活性化させ続けなければならない。それができない弱い鳥はまず容姿から崩れていく。そして外見も老けていき、醜い姿を見られたくないと屋敷にこもる。そして死ぬ。 「さて、このまま雑談というわけにもいくまい。帝麗、お前は魅月のことが知りたいんだろう?」  華月の明らかな声色の変化に、華月は居住まいを正す。静かな問いかけに只、頷きながら「はい」と返事をした。 「お前はこの三十年よく耐えた。その執着心……さすがは僕の孫、魅月の子と言うべきかな」 「褒められている、のでしょうか」 「勿論さ。血は争えないという意味だからね」  だからといって母親と同じ過ちを繰り返しては欲しくないが、と小さく呟く。 「お前の質問には何だって答えてやろう。何を聞きたい?」 「母様は、どんな鳥だったのですか?」  ざっくりとした質問だった。  傍で聞いている帝牙は、妹の質問に呆れていた。もっと具体的に言えないのかよ、と。  しかし華月は端的に答える。 「魅月は恋に溺れた雌だった」  その瞳はひどく冷めていた。とても実子に向けるものとは思えない。侮蔑、怒りすら感じられる。 「独りよがりの恋に溺れ、好かれる努力をせず、僕の子だと慢心して鍛錬も積まず、里の掟を破った愚か者。それがお前の母親だよ」    帝麗は耳を疑った。  華氏の血筋に生まれ、華月の第一子たる母。明かされない事情があるにせよ誇り高い鳥だったのではないかと勝手に考えていた。  だが華月の告げた答えはどうだ。  余りにも。余りにも酷い。  里では掟を破った鳥は処刑される決まりだ。一族の繁栄を強く願う一方で、長老の考えを否定する者や調和を乱す者には一切の容赦が無い。これが真実だと言うならば。 「母様は、もう亡くなられているのですか?」 「いいや。生きてるよ」 「ええっ?」  華月の回答に、帝麗だけでなく帝牙も身を乗り出して驚く。  たった数秒で明かされた母の愚行。吐き捨てるような祖父の言葉と侮蔑の瞳からは、母の生存は絶望的だった。むしろ生きてるほうが可笑しい。 「生きてはいるが……死んだように生きている、と説明したほうが正しいかもしれない」 「どういう意味ですか」 「狂っているからさ」  次から次へと衝撃の事実をぶつけられることに帝麗は眩暈さえ覚えた。今まで思うように収穫が得られなかったのに、大盛の獲物を口に押し込まれているような気分になる。 「はっきり言って、魅月の過去と現在を告げたところでお前達には何のプラスにもならない。ただ母親が愚か者で哀れな雌だと思い知るだけだ。止めるならここまでだよ」  華月とて鬼ではない。  晴れ晴れとした心で元服の儀を終え、これから師の元で学び、鸞の繁栄に貢献せんとする若者の闘志に影を落としたくなかった。  だが、祖父の思いは孫に届かない。 「お気遣いはとても嬉しく思います。ですが、私はやはり母様のことが知りたいです。親の罪をきちんと理解して、同じ過ちを繰り返さないように自戒するのは正しいことだと思いませんか」 「ふむ。一理あるね」 「真実を知ることで母に対する執着は今日を以て消えるでしょう。いえ、消さなければなりません。どうやらこの執着は邪魔になりそうなので」  執着心にも善し悪しがある。とっとと積年の謎を解決し、この気持ちを心の奥底に閉じ込めるなり押し潰すなり燃やし尽くすに限る。 「どうやら帝牙も同じ気持ちのようだし、話してあげるとしよう」  華月は息を整えるために深く呼吸をする。  孫の迷いを断ち切る刃となろう。全てを語った結果、蛇蝎の如く忌み嫌われても構うまい。  嫌われたくない  守ってやりたい  全ての愛を捧げたい  華月にとって真の意味で大切だった人が亡き今、誰に嫌われようがどうだっていいのだから。
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