怒りを盗む男

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 この二年、ために溜め込んだ怒りはあんなものではなかったはずだった。  それを奪われて、虚しさだけが私の心に燃え滓として残っていた。  お湯を注いだ後のドリップコーヒーの、苦味だけが詰まったフィルターのような想いを捨てるかどうか迷って、灰色に蠢く街の片隅で私だけが立ち止まっている。  日が暮れるまでたっぷりと虚しさを味わったあとで、ようやく帰路についた。  高架下の暗い道は路上生活者がたまにうろついているのであまり通ったことはなかったけれど、今日はなんだかどうでも良くなっていた。足の向くまま、闇に踏み込む。  兄がもし普通の兄のままだったとしたら、「若い女が暗い夜道を歩くな」と私の蛮行を叱っていたことだろう。  叱って欲しかった。  どうすることもできずに帰ってきた私を、誰かに叱って欲しかった。  オレンジ色の灯りの下で兄の顔を思い浮かべていた時だ。ふと、自分とは別の足音が聞こえたような気がした。  背後だ。  息を殺した呼吸の気配がした。  私はたった今、誰かの獲物になっている。そんな気がする。  ゆっくりと息を吐き出しながら、闇の中を水平にかき分けるようにして振り向いた。  するとそこに、包丁を持った小太りの男があの日と同じように立っていた。    
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