怒りを盗む男

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「お前、あの時の女子高生だよなあ」  男の声は粘着質だった。低い天井でエコーがかかり、想像していたものよりずっと気持ちが悪かった。 「昼間、お前が話してるの聞いてたんだよ。まだ俺のこと追いかけてたんだってなあ。忘れないでいてくれてありがとうなあ。俺もお前のことが忘れられなかったんだよ。顔を見られたことが気になっててよお。でもこれで今日から安心して眠れるよ……」  ニタニタと笑う男の口元だけが灯に照らされる。  動こうとしても動けなかった。今度は足が石膏になったようだ。  空き巣男は昼間からずっと私をつけ狙っていたのだろうか。包丁を用意して、私が一人になるところを待ち構えて。  やはりこんな男を野放しにしておくことなんて出来ない。また第二、第三の兄のような犠牲者が増えてしまう。  私は怒りを燃やそうとした。  けれども、こんな時のために取っておいた怒りが、今どこにも見当たらない。  あの凡庸な顔をした男に怒りを吸い取られたからだ。  怒りはエネルギーだ。怒りを失えば人間は現状に満足し、前進することをあきらめる。  あの悪魔が言ったように、失った方が楽になれるからと言って手放しても良いものではない。  現に今の私は怒りを必要としている。  立ち向かう力を必要としている。  動いて、足。  逃げるのだ。  そして、すぐに警察に連絡を。  頭では行動の何倍ものスピードでそれを行なっている私がいる。感覚だけが暴走しているみたいだ。  そのうちに、空き巣男が棒立ちの私に向かってきた。  みるみる迫る距離と比例して、私の体温が凍りつく。  刃が目の前で繰り出され、先端が灯りでキラリと光った。  私は叫ぼうとして、刺されそうな腹に力を込めた。  その時だった。    前進してきた男の腕を、横から来た誰かが掴んで止めた。
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