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夜風が私の頬を撫でていた。
ゆらゆらと足が宙を浮かんでいる感覚に気がつく。
眠っていた私は、誰かにおんぶされて夜道をゆっくりと移動していたようだった。
「目が覚めましたか」
おんぶの主が言った。凡庸な顔をした悪魔のような男の声だ。
「どうしてあなたが……?」
「すみません。あなたのお財布に入っていた免許証の住所を見て、あなたを家まで送り届けようとしています。あ、お財布に触れた時は警察官にちゃんと立ち会いしてもらっていますよ。あの包丁男を捕まえに来てくれた警察官で、名前は荒木巡査という方です」
事情は聞かなくてもなんとなく理解できていた。
それよりも、私が聞きたかったのは、彼がなぜ私を助けてくれたのかだ。
私は彼にひどい文句をぶつけたはずなのに。
「あなたが……苦しそうだったから」
照れくさそうに彼はそう答えた。
「僕はやっぱり二年前のあの日、あなたから怒りを奪って良かったと思っています。もしもあなたが感情任せに犯人を追いかけていたら、あなたの命は二年前のその時に奪われていたかもしれないわけですから。あまり無茶をするとお兄さんが悲しみますよ」
しみじみといい声だ。素直に頷きたくなる。
やはり怒りは長時間抱え込むものではない。
男の襟に顔を埋めながら、脱力する心地良さを私は感じていた。
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