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けれど湯の温度が上がるにしたがって、ふたたび蓋が動き出す。
ガタガタガタガタガタガタン!
そして突然、蓋と重石が勢いよく弾き飛ばされ、床に落ちて派手な音を立てた。加温器は倒され、床に湯水をまき散らす。こぼれた湯水からうっすらと蒸気が浮き上がっている。
加温器から飛び出した手は床の上で仰向けになったまま、指をうねうねと動かしている。
――なっ、なんなんだ、この手は!
まるでひっくり返り起き上がれなくなった節足動物のようだ。おそるおそる観察していると、手は指先で床を蹴りながら少しずつ移動し、ついには机の脚をつかみ、身を翻して起き上がった。
それから手は辺りを見回し、棚の上に指先を向ける。勢いよくガサガサと床を這いずり、棚をよじのぼってその中に隠れた。間違いなく、手は自身の意思で動いていた。
恐怖に逃げ出したくなったが、同時にこの手は絶対に仕留めなければならないという強い決意が高林を後押しする。
慎重に近づいてみると手は棚の中でゴソゴソと動いていた。だが、棚の中は暗くて何をしているかよく分からない。 けれど高林はそこに何が入っているか、よく知っていた。
懐中電灯をつけて棚の中を照らしてみると、一部だけが光を反射して眩しい。手が握っているものは、高林の予想通り、実験組織の解体に用いるメスだった。メスを持つその手つきは、まさに手術に挑む内村の手、そのものであった。手は刃の先を高林に向けている。
――これ以上ここにいるのは危険だ、逃げなければ。
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