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高林は手が溶けるのを待つ間に、ポケットの中から一本のチューブを取り出した。その中には黄色く濁った液体が保存されている。
それは、かつて組織の腐敗の実験に用いたブドウ球菌の培養液。それも、抗生物質の効かない耐性菌だ。準備した注射器に注射針をセットし、培養液を注射器で吸い取る。
高林は内村の手を解凍し、菌を内村の手の中に注入するつもりだった。
――せっかく内村の腕を切断することができたのに、再建術を成功させられては困るのだ。だが、高尾利教授が手術をなさるのだから、失敗しても誰も文句は言わないだろう。そう、たとえ術後の感染症で手が壊死したとしても。
高林はにやりと不敵な笑みを浮かべる。
すると、どこからか不自然な音が聞こえた。耳をそばだててると、音は加温器から発せられていた。
ぴき、ぴき、ぴき……。
硬いものを無理やり剥がすような音だ。氷が解けて割れるさいの音だと思ったが、まるで手の組織が悲鳴を上げているようにも感じられた。
そろりと加温器の中を覗き込んだところで、高林は目を見開いた。
手が、指が、自分自身を解きほぐすように、開いたり縮んだりしているのだ。
解凍してから死後硬直が起きて動き出すことがあるのだろうか? いや、この現象は死後硬直などではない。
気味の悪い光景を目にし、高林の全身から冷たい汗が噴き出した。
解凍が進むと手の動きは次第に激しくなり、指がまるで蜘蛛の足のようにうねうねと動き出す。
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