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その日、高林は普段よりもいくぶん遅めに出勤した。手術の予定がなかったからだ。
頭の中にある患者リストを反芻し、治療のマネジメントを考えながら病院に向かう。仕事はなるたけ計画を立て、シミュレーションどおりに進めるのが高林のモットーである。
病院に着くと、エントランス近くに人だかりができていることに気づいた。どうやら、交通事故があったようだ。
事故の原因は車が歩道に乗り上げて電柱に激突したことだった。大破した乗用車が一台あり、周囲には警察と病院関係者の姿があった。これでは普段通りのルートで病院に入ることができない。
――ちっ、よりによって俺の通り道で事故かよ。今日はついてねえな。
高林は計画通りに物事が進まないのを、ことのほか嫌う性分だった。
あたりの様子をうかがうと、地面に赤黒い染みがひとつ、地図を描いていた。歩行者の誰かが負傷したらしい。
とはいえ、被害者は不幸中の幸いかもしれない。なにせここは病院の玄関前だ。すぐさま医療スタッフの誰かが駆けつけ、怪我人を運んで行ったのだろう。
そこで高林は思った。もしかしたら自分の出番があるかもしれないと。野次馬たちを横目に早足で病院の裏口に向かい、いつもと違うタイムレコーダーで打刻する。
医局に足を踏み入れたところで背後から声がかかる。
「高林君、今日の午前中、スケジュールの空きはあるか」
振り向くと声の源は安西教授だった。普段は冷静な教授にしては珍しく、ひどく慌てた様子をしている。
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