ともだち

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ともだち

 一時間目の休み時間、マユはサンドイッチを噛みながら、イヤホンを耳に突っ込んで、楽譜とにらめっこしていた。机の上で、指がトントンと音を立てて忙しなく動いている。  マユ、と呼び掛けてもちっとも反応しない。目の前で手を振ってみせると、ようやく右側のイヤホンを外して「なに?」と私を見上げた。イヤホンからうっすらと聞こえてくるのは、放課後、校舎に鳴り響く曲と同じだった。 「今日も練習なの?」 「うん。定演まで休みなし! 今日も朝練で、もうお腹ペコペコでさぁ」  そう言いながら、またイヤホンを耳に入れようとするから、慌ててその手を押さえる。 「たまにはさ、ユータに連絡してあげなよ」  昨日の帰り道、とうとうLINEの未読が十を越えたとユータにさんざん愚痴られた。延々と続く恨み言に、私もコーヘイも閉口してしまったほどだ。 「ユータ?」  まるでその名前を初めて聞くみたいに、マユが繰り返した。きょとんとした表情にちょっとイラッとしてしまう。 「練習、大変なのは分かるし、マユが一生懸命なのも分かる。でも、ユータ寂しがってるよ。付き合ってるんだし、たまには一緒にお弁当食べるとか、休み時間に会いに行くとか、それがムリなら電話でもいいし……」  なんでこんなこと言ってるんだろ。放っておけば、ユータとマユが仲違いするかも――別れるかもしれないのに。  でも、そうなったらきっと仲良し四人組は崩壊してしまうだろう。あの日の約束が破られてしまう。私は、大切な友達を失ってしまう。 「そうだよねぇ。でも、気が付いたら時間があっという間に過ぎちゃってて。悪いなぁとは思ってるんだけど」  へらりと笑うマユの右手は、今すぐにでもイヤホンをはめたそうに、うずうずしていた。そんな態度にも、苛立ちが募っていく。  マユにとってユータはいて当たり前の存在。だから放っておいても平気なんだ。好きな人の隣を堂々と歩けることの価値を、マユは知らない。私が、どんなにそうなりたいかなんて――。 「マユってさ、ユータのこと好きなんだよね」 「うん、好きだよ」  ためらいなく言い放たれた言葉に、私の胸にずきんと痛みが走る。私が飲み込んだ言葉を口にしたその唇は、ユータと何回キスしたんだろう。たった一回のキスにしがみつく私の唇とは、あまりにも違う。 「あ、そうだ。これ、定演の招待状。アカリとユータとコーヘイの分。これがあればいい席に案内してもらえるから」  マユが鞄から取り出したものを見て、私は目を丸くした。 「これ、なんで三枚も持ってるの?」  この招待状は吹奏楽部員のみに配られるもので、数が限られているうえに、三年生の引退公演でもある秋の演奏会では、そのほとんどが三年生の手に渡るのが慣例なのだ。二年のマユが三枚も持っているなんてあり得ない。 「実はね――あ、まだ言わない。秘密。でも、絶対来てよね。みんなに見てほしいからさ」  マユがウインクして、イヤホンを耳にはめた。  かすかに聞こえていた音楽が消えて、教室のざわめきだけが残った。
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