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「――でさ、現国の田中が授業中うるせーの。シャツは第一ボタンまでしっかり留めなさい! とか言ってさ」
学校全体でもダントツにウザがられている先生の声真似をしながら話すユータの隣を、私は、えーまじでー? とか言いながら歩く。
ユータと二人でいるとき、私は自分のことを話さない。ユータの声をたくさん聞きたいから。何を見て、何を聞いて、何を思ったのか、全部知りたいから。
だから、ユータが話しやすいように相づちを打って、それで? と先を促してあげる。一言も聞き漏らさないように、全神経をユータの声と表情に集中させる。
「マユもさ、アカリみたいに聞き上手だったらいいのにな」
「えっ!」
まるで私の心を読んだみたいなユータの言葉に、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「だってあいつさ、自分のことばっかり話すんだよな。しかもたいてい部活の愚痴。この前、あんまイラついたから、じゃー辞めたら? って言ったらめっちゃキレられたし。今LINEの未読、何件たまってると思う? 五件だぜ。ありえなくね?」
部活の練習が激しくなるにつれ、マユは私たち――彼氏であるユータでさえ、そっちのけになってしまう。朝、昼休み、放課後、休日。マユはずっと練習している。連絡して返信がないなんて当たり前。廊下ですれ違っても無視されることさえある。
それなのに、大会や演奏会が終わったとたん、何もなかったように「あれがしたい、あそこに行きたい」と私たちを引っ張り回す。自由奔放、と言えば聞こえはいいが、振り回されるほうはたまったもんじゃない。
マユに甘いユータは、面と向かって言わないけれど、その後ろでどこか不満げな顔をしていた。そして、ときどきこうやって私にだけ胸の内を明かしてくれる。そんなとき、私の中ではいつも甘やかなものが立ち上がってくる。
だけど、私たちは友達だから、口にするのはフォローする言葉じゃなきゃいけない。それくらい心得ている。
「マユみたいに一生懸命なものがあるのって、いかにも青春って感じでいいじゃん。あたしは、そういうのがないから」
「でもさー。彼氏のことほったらかしってどうなんだよ。その間に浮気されたら、とか考えねーのかな」
浮気。不穏な言葉に胸がどきりとする。
「どっかで何か食ってく?」
「――ううん、今ダイエット中だし」
「昨日クレープ食っておいてよく言うぜ。じゃあ、ちょっとコンビニ寄らして。俺、腹減って死にそう」
私の返事を待たずに、ユータはコンビニに入ってしまった。レジで唐揚げを注文するユータの後ろ姿を見ながら、私はブラックの缶コーヒーを二本、手に取った。
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