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会計を済ませて外に出ると、待ちきれなかったユータはすでに唐揚げを頬ばっていた。その鼻先にコーヒーを差し出す。ユータが好きな銘柄のブラックコーヒー。
「おごり」
「おーっ、アカリ優しいじゃん」
「昨日、頑張ったから」
ちょっと目を見張ったあとに、分かってるじゃん、とにやりと笑うユータに、私も笑い返す。それは、秘密を共有し合う者たちの証。
ユータはもともと甘いものが大の苦手。だからクレープなんかホントは食べない。
「おかげでマユも喜んでたし、よかったじゃん。コーヘイは相変わらずちゃっかりしてたけどね」
「ホント。あいつはマイペースだよなー。しかも買ってきたコーヒーは微糖だったし。どっちも甘すぎて死ぬかと思ったわ。その点、アカリはさすが」
ブラックコーヒーを一口飲んだあと、唐揚げを摘まんで私に差し出す。ぷん、と醤油のにおいがした。
「コーヒーのお礼」
こんなところを誰かに見られたらヤバい。でも、別に意味のあることじゃないし。でも、噂ってそういうものだし。でも、でも――。
「アカリ」
ユータの声で呼ばれた名前に、たくさんの「でも」が吹き飛んでしまう。顔を近付けると、ユータが私の口に唐揚げを押し込んだ。その指先が唇をかすめた。じわりと熱を帯びて、全身に広がっていく。
テストが終わったらあのクレープ屋さんに行こう、とマユが言い出したとき、ユータがわずかに顔をしかめたことに私は気付いていた。
それでも黙っていたのは、こんなふうに、私のほうがマユよりユータのことをよく知ってるんだよって伝えたかったからかもしれない。優越感。私の中に立ち上がる甘やかさの正体。
――好き。
その言葉を、唐揚げと一緒に噛み砕いて、飲み込んだ。
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