ハッピーバースデイにさよならを

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 良かった。上手くいった。ぬーさん、めっちゃ驚いている。……泣いてる顔なんて、初めて見たな。ケーキ、美味しく食べてくれよ。へへへ……良かった。大成功だ。  あぁ、視界がぼやけてきた。あの時の部室、8ミリカメラ、皆の笑顔。走馬灯が見え始める。そんな、ここまでなのか?  ヒマワリの花びらが落ちていく。意識が遠のいていく。……ダメなのか。いいや、さよならなんて言うもんか。待ってくれ神様、これだけは言わせてくれ――――。 「ぬーさん、誕生日……おめでとう」  随分長く寝ていた気がする。時計は午後の7時を回っていた。会社の皆はおそらくまだ仕事中だろう。物作りは往々にして時間がかかる。皆の作品たちはどうなってるかと思ったところで、病室のドアが数回ノックされた。 「失礼します、岩田さん。面会人の青野さんが来ていらっしゃいます」 「あぁ、すみません。通して下さい」 「……本来この時間の面会は禁止なのですが、特別ですからね」 「わ、分かってます。本当にすみません。あの、明日来る予定の、沼宮君の面会許可は下りましたか?」 「ええ。彼の方は既に許可が下りているので大丈夫ですよ――では青野さんを呼んできますね」  看護師さんが去って数分後、病室のドアから、アキが姿を現した。くしゃくしゃの白髪がどこか懐かしい。その手にはビニール袋をいくつか提げている。 「アキ、久しぶり。元気そうで何よりだ」 「君も、ね。ガンっていう割には元気そうじゃん。ひとまず安心したよ。あ、この前頼まれたもの、持ってきたよ」  テーブルの上にアキが白い箱を置いた。中に入っていたのは、美味しそうなチョコレートケーキ。蝋燭もちゃんとある。完璧だ。 「助かる。ありがとう。わざわざ買いに行かせて悪いな。そこにある財布からお金持っていっていいから」 「何言ってるの、病人からお金取るわけないでしょ。しかしこんな状態だっていうのに、ぬーさんの誕生日を祝うなんてね。君らしいというか何というか」 「誕生日にわざわざここまで来てくれるっていうんだ、手土産の1つもないのはよくないだろ? 本当はまた前みたいにパーティーでも開きたいんだけどな。流石にここじゃ無理だから」  そりゃそうでしょと笑いながら、アキは別の袋を開けると、ヒマワリの鉢植えを取り出し、ケーキの箱の隣に置いた。 「お見舞いに何かお花を持っていこうと思った時に、かっちに合う花はなんだろうなーと思ったらヒマワリだったんだよね。ちなみにこれ、プリザーブドフラワー? っていう枯れない花だから、手入れしなくても大丈夫だよ。直射日光とお水にだけは気をつけてね」 「へぇ、枯れないヒマワリか。いいな。ありがとう。気持ちも明るくなりそうだ」  そうでしょ、とアキが屈託なく笑った。白い病室の中で、明るい黄色が咲く。 「……皆はどうだ? 上手くやれているか?」 「もちろん。制作も順調さ。……皆君のこと心配してるよ。早く元気になるといいね」 「そうか。……ごめん」 「なんで君が謝るの」 「会社が傾いている時に社長が倒れているんじゃ話にならない。皆苦しい時なのに、俺だけ休んでいるんだから」  昨日入った話ではこの4半期での収益を合わせても、まだ黒字まで届いていないようだった。他社に水をあけられている苦しい状況が依然続いている。 「嘘言わないでよ。新作の指示を出しているの、知らないとでも思ったの? 病人は休むのが仕事だよ。お願いだから無理はしないで」  テーブルの上のスマホに視線が刺さった。アキの震え声が俺の胸を抉る。 「この状況を作り出した原因は俺だ。俺の責任だ。……だから俺が何とかする。そう決めているんだ。現に新作に関するアイデアはいくつかある。せめて来年までには良い風に乗せてやらないとな。……こんな状況でサクに社長を継がせるわけにはいかない」  俺は唇を噛んだ。無理難題を引き受けてくれた愛弟子に、こんな形で報いたくはない。アキにそんな顔をしてほしくない。 「君の気持ちは分かるよ。でもね、どうか重荷を負いすぎないで、無理はしないで。君の責任は僕らの責任でもあるんだから。何かあったらすぐに言って。もう隠したりしないでね」 「あぁ。……ありがとう」 「そんなのいいって。だって、友達でしょ? 君の責任を一緒に背負うくらいなんてことないよ」  ……ごめん、でもありがとう。アキにはいつも我儘ばかり言って、心配かけちまってるな。 「だから、ガンが治ったら……いや、本当は今からでも休んで欲しいけど……ちゃんと養生してね。君たちは、1度言ったらテコでも動かないんだから」 「あぁ。分かった」
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