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「アヤコ、起きなさい。」
アヤコがはじめて祖先と会う儀式に参加してから12年がたっていた。
アヤコももう大人の入り口に立っているのだが、少し怠けて母に起こされる毎日だ。
「アヤコ。今日は学校が休みだから、家族で雲虫様の寝床を変える日だって言ったでしょう。いつもより遅くまで寝てていいわけじゃないのよ。」
布団を母親に無理やりひっぺがされて、アヤコは少し顔を膨らませた。
「分かってるわよ。今日は仕事があるってことくらい。」
アヤコの住んでいるY県は雲虫様を育てて繭を取る産業が盛んである。
雲虫様とは、このN帝国だけにしかいない、小さい虫だ。
幼虫から成虫に変化をする過程で雲のようなふわふわの繭を作る。
そこから取れる糸は大変貴重で、N国にとってかけがえのない財産になった。
それゆえに感謝を込めて雲虫“様”と呼ばれている。
古来この国は天然資源の乏しい国だった。
慈悲深い神は哀れに思い、この国に小さな恵みを降らせた。
それが雲虫様であると、古い言い伝えにはある。
アヤコは急いで動きやすい服装に着替え、朝ごはんを食べた。
作業をするために外へ飛び出すと、父親や弟、妹はすでに準備に取り掛かっている。
「遅れてごめんなさい。」
「良いよ少しくらい。いつも学校で勉強頑張っているだろう。」
父親は雲虫様のための布団を藁で編んで作っている。
雲虫様はとっても繊細な生き物だ。
中くらいの農家以上であれば、家の敷地に必ずと言っていいほど雲虫様の家があり、そこで人々は雲虫様を大切に育てる。
家の中には棚が作られ、そこに雲虫様の布団となるクワコの葉が敷き詰められる。そこで雲虫様は寝かされ、クワコの実を食べて成長するのだ。
「じゃあ、私雲虫様の棚綺麗にして来るね。」
外で藁を編む父親の横を通り過ぎ、アヤコは雲虫様の家へ入った。
中は、雲虫様の匂い、クワコの葉、実の匂いが充満している。
しかし、それは決して鼻をゆがめるようなにおいでは無い。
「サチ、セイイチ、ありがとう早めに初めてくれていて。」
妹のサチもセイイチも、少し頬を膨らませながら小さな声で「イイヨー」と呟く。
これから、棚の汚れを綺麗にし、今父親が作っている藁と布団を敷き詰めた棚に雲虫様を移動させる。もう、雲虫様が繭を作る準備は整っているからあとは綺麗にして移動させるだけだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。みて。」
末っ子の弟が、小さな指でつまんだ雲虫様をアヤコにそっと見せる。
「黒い雲虫様。」
その雲虫は、他の真っ白な雲虫とは違い、黒い部分が体の表面の多くを占めていた。
雲虫様の家に普段なかなか入れさせてもらえないセイイチには物珍しかったらしい。
「その雲虫様はね、いたずらっ子の神様が私たち人間をちょっぴり困らせようとして生まれたの。」
「神様が?」
「うんうん。そしてね、その神様は少し気が短いから、黒い雲虫様をいっぱい死なせちゃったり、仲間外れにしたりすると怒ってもっと大きな意地悪をしちゃうのよ。」
アヤコはセイイチの小さな指から黒い雲虫様を優しく受け取って、新しく作られた藁とクワコの葉の布団の上へ置いた。
「だから、他の雲虫様と同じように大事に育てなきゃいけないのよ。
分かった?セイイチ。」
「うん。」
アヤコの手がセイイチの頭を優しく撫でる。
セイイチは深く頷くと、作業をしていた棚に戻った。
結局作業は夕方までかかったが、明日学校のあるアヤコは今日中に終わったことに大変ほっとしていた。
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