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「そういうの聞きたくないんで。あんたはさっさと、自分が知ってるネタ提供すればいーの。とにかく都市伝説とか七不思議とかは王道だし、若者にも人気のネタでしょ。そのまま使えなくても、応用したら一本くらいホラー書けそうじゃん。というわけで、さっさと教えろ、オキエ団地の件」
「それが人にものを頼む態度か」
友哉はそう言うが、私は知っている。なんだかんだでコイツは、昔馴染みの私に弱いのだ。そして向こうもよくわかっているはずである。一度言いだしたら、テコでも曲げない私の性格を。
「……七不思議と若干ごっちゃになるんだけどな。この町って妙に“やっちゃいけないこと”が多いんだよ。でもって、その大半が“なんでやっちゃいけない”になってるのかわからないってヤツ。お前、ホラー好きなのにそういうの一つも聴いたことなかったのか?」
そういえば、と私は思い出す。極めて近い範囲で我が家は一度だけ引っ越しをしているのだ。安いアパートから、賃貸ではないマンションへ。ローンを組んでどうにか、駅に近い一部屋を買うことに成功したと母は言っていた。
で、そのマンションに引っ越してきてすぐ、同じ階の部屋の住人には菓子折りを持って挨拶に回ったのだが。その時、昔からマンションに住んでいるという隣の部屋のおばあさんがこんなことを言っていたのだ。
『気を付けてね。また、約束事が増えたみたいなの。そこの交差点では、深夜に横断歩道を渡ってはいけないんですって』
なんじゃそりゃ、横断歩道でないところを渡れってか?その方が危なくない?ていうか深夜?
そんな風にはてなマークを飛ばしまくっていたのは、まだ記憶に新しい。今思うと、アレもその類だったのだろうか。
「あー、うちのマンションの隣の交差点で、深夜に横断歩道渡るなっていうのは聴いたかも。深夜に外出ないし、駅とも反対方向だから使うことも今後ないとは思うけど」
「なんだ、知ってんじゃねーか。まあ、そういう“何でダメなのかわからない”約束事がこのへんには多くて、オキエ団地もその一つってわけ。なんでも、あそこで待ち合わせをするなって話。正確には、F棟の前で待ち合わせは厳禁」
「F棟?ってこのガッコから一番近いとこじゃん。なんで?」
「だから、知らないって。夕方五時から七時の……まあ大体逢魔が時とか言われそうな時間帯に、F棟の前で黒い服を着て待ち合わせをする。心の中で“私は●●です、準備ができました”って三回唱える……あ、●●ってところに自分のフルネームな。で、その場で五分待ってから、G棟の前に行くと、待ち合わせ相手があなたを待っている……らしい。で、それは絶対やっちゃいけない儀式なんだと。何が待っているのか?については知らん」
「へえ……」
深夜の横断歩道うんぬんよりも、儀式めいていて面白そうである。私は心のメモ帳にがっつりメモをした。幸い、こういうことは忘れない質だ。日本史の年号と偉い人の名前や、数学Ⅰの数式はあっさりと抜け落ちるというのに。
「話してやったんだから、その話だけネタにしとけよ。実際現場で試すなよな。ジジババの迷信って、オバケうんぬんはともかく何か理由があって残ってる場合が多いんだから」
そうは言うものの、友哉も私がそのまま引くとはあまり思っていなかったのだろう。不安そうな彼に、私はにんまりと笑顔を向けて行った。
「うんうん、わかったわかった。やらないやらない」
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