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客席3番 〜大翔(はると)さん 前編〜
ここは、夜中だけ開くカフェ"nightist”
私は、この店の店員、愛美夜(あみや)。
今日も、眠らない私と眠れない人々が、静かで穏やかな夜をこの場所で過ごす。
今夜は、誰もがゆったりと過ごしていた。
深夜2時。
静かな店内をせかせかと本棚に向かって歩く人。
客席3番の大翔(はると)さんだ。
もう起きたんだ。
彼は、オーナーの息子の樹さんの友人で、この店に転がり込んで来て、ほぼここで暮らしている。実家は、近所にあるらしい。でも、実家には帰らず、ここに帰ってくる。
彼は、夜、眠れないわけではなく、ショートスリーパーで、あまり寝なくでいい体質のようだ。いつも数時間で目覚めている。
大翔さんの仕事は、イラストレーターだ。
私は詳しく無いからわからないが、人気イラストレーターらしい。ここでも、よくタブレットでイラストを描いている。
まだ私がこの店に来たばかりの頃、
「わぁ、大翔さん、絵、上手ですね!」
と言ったら、ニッコリ笑って、
「ありがとう」
と言ってくれた。
私達の会話を聞いていた樹さんが
「大翔はプロだから。結構、有名なんだけど、知らない?」
と教えてくれた。
「えっ。失礼しました。私、知らなくて。」
しまった!プロに向かって、何も知らずに上手だなんて当たり前な事を言ってしまったと焦っていると、
「絵が上手いと言われるのは、どんなときだって嬉しいよ。」
そう言って、またニッコリ笑ってくれた。
この時は、普通に素敵な人だと思っていたんだけど。
本棚と席との間を何度か行き来していた大翔さん。
次に、バタン。
と音がした。
トイレに行ったようだ。
バタン、バタン、バタン。
ん??
静かな店内に響くドアの音。
トイレのドア、どうした?
大翔さんがトイレから戻ってきた。
目があった。
"おはよう"と口パクで言って、指でカップを持つ仕草をする。
コーヒーね。
私は、コクリと頷く。
大翔さんは、風変わりな人だ。日々、興味が変わるのか、気がつくと、いつも何かしら新しいことをしている。
ある時は書道、またある時は編み物、またある時は急におっきな水槽を買って来て、店内にアクアリウムを作ったり、急に女装で現れたり。
女装の時は、詐欺メイクに興味を持ったらしく、自分の顔でやってみたらしい。スラリと背が高く、モデル並みにスタイル抜群で、ロングヘアのウィッグをつけ、元々キレイな顔立ちに詐欺メイクをしてるから、誰もが振り向くくらいの美人になっていた。その時は、自分の顔だけでは満足できなかったようで、私とまりあに顔を貸して欲しいと言って、私とまりあの顔に詐欺メイクをした。まりあも、元々美しい子なので、それはそれは美しくなって、大翔さんとまりあが並んで外を歩いたら、きっとみんな道を空けるだろうと思わせるくらい、ため息が出る美しくさだった。
まぁ、夜中だから、外には行かなかったけど、店内を2人でウォーキングしていて、その日はみんながとても楽しそうにしていた。あんな日は、滅多にお目にかかれない。
大翔さんは、こんな風に時々周りの人を巻き込む。でも、誰もが不思議と嫌な気持ちにならない。
これは、天性のものなのか。もしかしたら、全て計算しているんじゃないかと思うときもある。本当に不思議な人だ。
注文されたコーヒーを持って、客席3番にいる大翔さんの所へ行った。
どうぞと言って、コーヒーをおく。
机の上に、何冊も図鑑があった。白亜紀、海中、熱帯植物など。
私が図鑑を見ているのに気が付いたようで、
「ここの本棚には、色々あって本当にすごいよね。貴重なものも結構あるし。マダムのご主人のなんだってね。」
「そう。マダムが自宅にあっても、私は読まないからって、寄贈してくださって。今もまだ、数冊ずつ持って来てくださってるから、まだ、増えると思う。で、この図鑑は何に使うんですか?」
と聞くと、ふふふと笑い、
「内緒。楽しみにしてて。」
と言って、目をキラキラさせた。
でも、その後すぐに、
「ダメだ。やっぱり我慢できない。」
と言って、ニヤニヤしながら、
「トイレに落書きしようと思って。」
嬉しそうに言った。
一応、樹さんは知ってるのか聞いたら、知らないよ。と、サラリと答えた。
そして、
「だって、落書きだから。落書きって、そういうもんでしょ。それに、樹の驚く顔を見たいし。サプライズ!」
イタズラっ子の顔だ。
そういうもんって、どういうもんよ。
サプライズ!って。おいおい。
でも、きっと樹さんは喜ぶと思う。
嬉しそうに楽しそうに、キラキラとした目をした大翔さんを見ていると、私までウキウキしてくる。
私がカウンターに戻ってしばらくすると、描く物が決まったのか、大翔さんは、トイレに向かった。
こっそり様子を見に行くと、嬉しそうに鼻歌をうたいながら、トイレを掃除していた。
私は、やれやれと思いながらも、イラストが描かれ別世界となったトイレと、それを見た樹さんの反応を想像して、楽しい気持ちになった。
大翔さん。
変な人。でも、まぁいっか。
そこにはいつも暖かいものがあるから。
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