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その後、僕と岬さんは無事志望校に合格した。とても喜ばしいことだが、僕と彼女は別々の大学に行くため、これまでのように気楽に会えなくなってしまうことが確定した。神様にもらった巻物の力を使えば、同じ大学へ進めたかもしれないが、彼女が一生懸命勉強する様子を見て、僕は自然に任せることにした。
僕と岬さんの物語もいよいよ佳境を迎える。勉強する必要がなくなった僕は、幸せな結末に向けて、寝る間も惜しんで執筆を続けた。そして、ついに告白する日がやってきた。
朝から落ち着かない僕は、彼女との約束の時間よりずいぶん早く家を出た。向かった先は、あの縁結びの神社。物語が完結する前に、神様へきちんと御礼を言っておきたかった。
「おーい、神様」
周囲に人気がないことを確認し、境内にあるベンチ付近で声をかけた。突然強い風が吹き、思わず目を閉じる。目を開けた時、不思議な容貌の老人が目の前に立っていた。
「久しぶりじゃの。その様子を見ると、うまくいっているようじゃな」
僕は照れながら笑う。
「はい。疑ってすいませんでした。本当、あの巻物の力はすごいですよ」
神様は何度も頷く。
「そうじゃろ、そうじゃろ。あの『縁結び』印のペンの力を思い知ったか」
はて、何かおかしいぞ。僕と神様はお互いの顔を見合わせる。
「……少年。あの巻物には何の効果もないぞ」
僕はぽかんと口を開けたまま固まった後、大声を上げる。
「な、なんだって――!」
どうやら、僕はとんでもない勘違いをしていたようだ。物語を現実にする力があるのは、あの『縁結び』印のペンの方で、巻物はただの紙だったのだ。
「あのペンって、ただ神社のグッズでしょ? 安物にしか見えなかったし」
「違うわい! わしが心をこめて作ったお宝を馬鹿にするでないわ」
何と紛らわしい。待てよ、巻物に何の効果もないってことは――。
「僕の書いた小説が、現実になっていたわけじゃないのか……」
僕の背中に冷たいものが走った。これまで巻物に書いた小説が現実になるからこそ、彼女との仲を深めることができた。それが勘違いだと分かった今、僕は何を頼りにしたら良いか分からなくなった。
神様は僕を心配するように口を開く。
「一体何があったのじゃ。神様に話してみるがよい」
僕は弱々しく頷き、神様へこれまでの経緯を説明した。岬さんと約束した時間まではあとわずかで、今からインクを補充してもらい、小説を書き直す時間はない。
神様は話を聞き終えると、柔らかい笑みを浮かべた。
「まったく、お主は何も分かっておらんのう」
「え?」
僕は意味が分からず、首を傾げた。
「彼女と同じ班になれたのは、わしが授けたペンの力だったじゃろう。じゃがそれ以降、一度もペンを使わなかった。なら、おぬしは誰の力でここまで来たのじゃ」
「それは……」
「決まっておる。すべてお主自身の力じゃ。彼女のために慣れない恋愛について学び、彼女を喜ばせようと色々な手をつくし、彼女へ想いを告げられるほどの関係を築いた。これは現実という紙の上に、お主が全力で描いた物語なんじゃよ」
縁結びの神様の言う通りだった。
僕が起こした行動が、僕の考えた物語を現実にしてきた。もちろん、物語の通りに僕の恋が成就するかは分からない。けど、僕の胸の中にある想いを彼女へ届けないと、現実は絶対に変わらない。
僕はスマートフォンを取り出し、時刻を見る。彼女との約束の時間が迫っていた。
「ありがとう、神様。また大事なものを頂いてしまったようです」
神様は「ホ、ホ、ホ」とフクロウが鳴くように笑った。
「それは何よりじゃ。さあ、行ってくるがよい」
僕は力強く頷いた。一度深呼吸をした後、小さな勇気を胸に抱きながら、彼女の元へと走り出した。
それから僕と岬さんは、巻物に書いた通りの関係になった。
ただし、僕が執筆した物語はここまで。卒業して離れ離れになってしまうこの先、様々な困難が僕たちを待ち受けていると思う。けど、僕はこれから先も一歩ずつ彼女との物語を紡いでいきたい。
だって未来には、数え切れないほどの真っ白なページが広がっているのだから。
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