恋愛小説化

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 放課後、僕は地元にある縁結びで有名な神社に向かった。 「まったく、リアリストの僕が神頼みをするなんてね」  昨日から僕は受験勉強を一時中断。恋愛成就に向け、工程表の修正に入った。しかし、恋愛経験が全くない僕は適切な計画を立てることができず、藁にもすがる思いで神様の元へやってきたのである。 「どうか、岬さんと付き合えますように」  依頼費を神様へ渡した後、二拝二拍手一拝。このような少額で、願いが叶うかは分からないが、少しだけ心が楽になった気がした。  日が暮れかけていることもあり、辺りに他の参拝客はいない。僕は境内にあるベンチに腰をかけ、この後の工程を検討することにした。  ふいに強い風が僕の周りに吹いた。 「少年よ。恋の悩みかね」  突然声をかけられ、僕は驚いた。いつの間にか隣に老人が座っている。とても奇妙な容貌で、『日本の歴史』第一巻に出てくる古代の人物のように見えた。 「話してみなさい。わしは縁結びの神様じゃよ」  ほう、あなたが神か。 「はい。最近隣の席になった女子のことが――」  おい待て、とリアリストの血が疼く。 「……ご老人、住所が書かれたものはお持ちですか? 私が家までお送ってさしあげましょう」  僕は春の日差しのような優しい笑顔を浮かべ、自称神様に手を差し伸べる。 「こら少年、頭のおかしい老人扱いするでない!」  老人は僕の手を払いのける。思わずむっとし、強い口調になる。 「そこまで言うなら証拠を見せてください。神様なら、恋愛力ゼロである僕の恋を成就させてくださいよ」  僕は息を弾ませて言った後、大きなため息をついた。  こんな老人の相手をしても時間の無駄だ。もっと現実的な手段を考えよう。僕はベンチから立ち上がり、老人に背を向ける。 「――いいだろう。では、お主にこれを授ける」  振り返ると、老人の手には古びた紙とペンがある。 「これは?」  僕は老人からそれを受け取った。ペンには『縁結び』と印字されている。神社で売っているグッズだろうか。古びた紙は筒状に巻かれており、巻物のように見えた。 「これを使って書いた物語は現実になる」  巻物を開いてみると、原稿用紙のようにマス目が切られていた。老人はにやりと笑う。 「ただし、恋愛小説の体をなしていなければ、願いは叶わない。恋愛経験のないお主に書けるかな?」  夢や希望を前世に勢いよく捨ててきた僕に、物語を書くなんて経験はない。数学の証明ならスラスラと書けるが、物語となると話は別だ。昔書いた夏休みの日記なんて、すべて『今日僕は』という枕詞がついていた。きっと文才の欠片もないだろう。しかし、 「恋愛小説ぐらい簡単に書けます」  と息巻いた。恋愛小説を読んだ経験すらないのに、老人に挑発されてつい強がってしまった。  老人は笑みを浮かべたまま「期待してるよ」と言い、僕の脇を通り過ぎた。瞬間、再び強い風が吹く。振り向くと、老人の姿は跡形もなく消えていた。
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