百倍返しの報復

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 日本は先進国の中で生活水準が低い層が最も多い。と言うのもアベノミクスの所為で貧富の二極化が顕著になり、子供の七人に一人が貧困家庭で暮らしているのだ。その一人である水絵ちゃんは毎日風呂にも入れず、服も一週間に一回しか着替えられない。だから体も服も穢いし臭い。おまけに櫛が通らない程、髪の毛がぼさぼさ。一応アパートに風呂があるのだが、母親が知覚障害でフルタイムで働いていても収入が乏しくて子供を真面な生活が出来るよう育成できないのだ。だから子供に三食ちゃんと摂らせることも出来ないのだ。父親は離婚したのでいないのだ。  そんな不幸な星の下に生まれた水絵ちゃんが住むアパートの隣に或る若者が引っ越して来た。名を佐藤と言って彼も貧困の所為で大学に進学できず派遣社員に甘んじ糊口を凌いでいる。  佐藤は水絵ちゃんの母親に引っ越しの挨拶をした時、ああ、この人はちょっと可笑しいなと勘付いた。表札には高橋正美とあり横に水絵とあるから子供がいることも分かった。まだ小学生かな、可哀そうな子だろうなと容易に想像できた。  佐藤が水絵ちゃんを初めて見たのは引っ越してから最初の日曜日だった。近くの公園で他の子たちが楽しそうに遊ぶ中、独りぽつんと砂弄りをする見るからにみすぼらしい姿を見て勘付いた。 「まだ苛められないだけマシか・・・」そんな風に思ったものだ。しかし、三週間後の日曜日、同じ公園で水絵ちゃんが三人の男子に囲まれて苛められているのを佐藤は目撃した。どうやら悪態をつかれているようで水絵ちゃんは傷つきながら泣いていた。可哀想に思った佐藤は、そこへ直行で駆けつけた。 「こら!女の子独りに寄って集って何してる!」  佐藤の怒りの籠った怒声に男子三人は直ぐに逃げて行ったが、途中で一人だけ立ち止まったかと思うと振り返って、「お前も貧乏だろ!バーカ!」と罵声を浴びせ笑いながら逃げて行った。  肯綮に当たる言葉だったので、あのクソガキが!と佐藤は妙に腹が立った。同類にされてしまったとも思ったが、自分も少年時代、苛められた経験があるから水絵ちゃんに同情せずにはいられなかった。ありがとうと言ってくれるのを待ったが、何か珍しい動物を見るかのようにまだ涙で濡れた双眸をぱちくりさせ口をあんぐり開けて仰ぎ見るだけなので佐藤は訊いてみた。 「僕、水絵ちゃんのアパートの隣に引っ越して来たんだ。知ってるかい?」 「うん、知ってる」水絵ちゃんは泣いていたのが嘘のようににっこり笑った。助けられた上、好意的に話しかけられたことで嬉しくなったのだろう、意外な程、人懐っこい。人見知りしないようだし、明るいのがせめてもの救いだと佐藤は思ったが、さっきのクソガキのことが頭に釘が刺さったように植え付けられていたので問い質した。「水絵ちゃん、最後に叫んだガキ、あれ、何て名か知ってる?」 「うん、知ってる」水絵ちゃんはにっこりした儘、言った。「保浦光男!」 「そうか、同い年っぽいけど、ひょっとして同級生?」 「うん、同級生」 「何年生?」 「三年生」 「そうか、で、学校でも苛められる?」 「うん、苛められる」  そう聞いて佐藤は益々光男を憎らしく思い、尚も聞いた。 「ここの公園に光男はいつも来るの?」 「うん、結構来る」 「じゃあ、近所なんだ?」 「うん、近所」 「そうか、光男の家、知ってる?」 「うん、知ってる」 「そうか、じゃあ僕を連れてってくれる?」 「うん、いいよ」  佐藤は貧乏人を馬鹿にする光男の家がどんな家か興味が湧いたのもあって行く気満々になった。光男の家に行く途中、行き交う人が悉く嘲弄の色を顔に浮かべるのを佐藤は鋭く見て取った。貧乏な兄妹とでも思って馬鹿にしてんだなと思い、腹を立てていると、大きな庭のある純和風の屋敷の籬垣沿いの道に差し掛かった時、「お兄ちゃん、ここだよ」と水絵ちゃんが言った。 「この家かい?」と訊きながら佐藤は驚いた。 「うん」  無邪気に答える水絵ちゃんの顔を覗き込んだ後、佐藤は木戸門まで行ってみると、確かに保浦という表札が立派に掲げてあった。 「じぬしってお母ちゃんが言ってた」 「そうか・・・」光男が水絵ちゃんを苛めるのは尤もなことだと佐藤は納得した。自分も金持ちの子に苛められた経験があるからだ。  それからというもの佐藤は懐いた水絵ちゃんに自分の部屋で風呂の沸かし方を教えてやったり洗濯の仕方を教えてやったりした。だから水絵ちゃんは綺麗で清潔になった。そして佐藤がおやつを奢ったりしてあげたので痩せ気味だったのが幾分健康的になった。しかし、苛めには相変わらず遭っていた。或る日、綺麗になった顔に痣が出来ていたので佐藤は憤慨して水絵ちゃんに訊いた。 「水絵ちゃん、どうしたの?その痣は!」 「光男に殴られた」そう言った途端、水絵ちゃんは堰を切ったように泣き出した。 「何て野郎だ!」佐藤の怒りはマックスに達した。「もう許せん!」佐藤は自分のことのように激高した。「どうしたものか・・・」  佐藤の保浦家への報復は入会することを勧められて渋々入会した町内会で三日前に自己紹介した時の経験が決定的にさせた。 「私は保浦という者ですが、佐藤さんはどんな仕事をされてるんですか?」と自己紹介を終えた佐藤に寄って来た年寄りが丁寧語とは裏腹に高飛車な態度で訊いて来た。 「僕は工場勤務者です」 「派遣ですか?」 「え、ええ」と佐藤が答えにくそうに返事すると、年寄りはしたり顔で語った。 「矢張り、いやね、孫がね、最近、変な大人が公園に来るようになったって言うんですよ。で、色々その人について言うもんですからもしやと思いましてね」完全なる露骨な侮辱だった。こいつが地主かと思いながら訊いていた佐藤は、腸が煮えくり返ったが、怒りを無理に押し殺した。  
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