転機

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わざわざ靴を脱いで部屋に上がり直し、鷹峯さんは私をベッドへと寝かせてくれた。その綺麗な長い指先が、私の前髪をそっと払う。 「青い顔をして……。では、行ってきますね。なるべく早く帰ってきますから」 「あ……」 どうしよう。結局また、言えなかった。 〈聖南……ちゃんと話しましょう。このままいても週数だけ経ってしまう。鷹峯さんなら受け止めてくれるわよ〉 分かってる。でも自信がない。言えないの。 早く話さないと……。最悪堕ろすことになったとして、週数が経つほど身体にも負担がかかる。 それに鷹峯さんはお医者さんだし、このまま黙っていてもそのうちバレるのは時間の問題だ。 気付かれてバレるより、ちゃんと自分の口から話さなきゃ。 私は無意識のうちに、遠ざかっていた鷹峯さんを追いかけその背中に抱き着いていた。 「っ、聖南……?」 「……いで」 さすがの鷹峯さんも、私の行動に驚いた顔で振り返った。 「行かないで……話があるのっ……」 鷹峯さんはこちらに向き直り、身体をかがめて目線を合わせてくれる。 「話……ですか?」 「あのっ……」 早く言わなきゃ。でも気付いたら、言葉の代わりに溢れていたのは涙だった。私は子どものようにぼろぼろと泣きながら、ただ立ちすくむしかできないでいた。 「……今日は仕事、休みますよ。連絡してくるので少し待っていて下さい」 しばらくは黙って私の言葉を待ってくれていたけど、棒立ちで泣いている私に業を煮やした鷹峯さん。もう一度私をベッドに押し戻すと、スマホを手に一度廊下へ出た。 「どうしよう……こんなこと言って困らせたくない……また捨てられたりしたくないっ……」 思い出すのは、航大が出ていったあの日の記憶。 「もうあんな思い、二度としたくないよっ……」 鷹峯さんに捨てられたくない。その思いが、言葉の邪魔をする。 やがて鷹峯さんが、職場への電話を終えて帰ってきた。 「……それで? どうしたんですか?」 鷹峯さんがベッドに腰掛け、私の頭を優しく撫でながら訊ねる。 どうしよう……言っても良いの? 私、また捨てられるの? でももう、後には引けない。 「聖南」 さすがに少し苛立ち始めた様子の鷹峯さん。細められた瞳がきらりと光る。 その金色に見つめられると、私はもう嘘がつけない。
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