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その事実に、私は衝撃を受けて言葉に詰まった。航大はあの部屋に来たからおかしくなった訳じゃなかった。最初から駄目な男だったんだ。
「ごめんなさい、私……前に春夏に酷いことを……航大がおかしくなったのは春夏のせいだって責めて……」
〈ううん、良いの。私、あなたに何とかしてそれを気付かせたくて……私みたいになって欲しくなくて、それで……」
元恋人にストーカーされ、惨い殺され方をした春夏。彼女は私が二の舞にならないように、鷹峯さんという信じられる人間と一日でも早く一緒になって欲しがってたんだ。
「ありがとう……ありがとう、春夏……」
〈ふふ……でも鷹峯さんに一目惚れしていたのは本当よ?〉
おどけた調子で、春夏が鷹峯さんに目を向けた気配が分かった。
〈マンションが建って、お互い引越しの日が一緒で……『お隣のものです』って挨拶した瞬間、私は鷹峯さんのことが好きになったの……いわゆる一目惚れってやつ。鷹峯さんは、覚えてないだろうけど……〉
寂しげに、春夏がその時を懐古する。
でも。
「椎名春夏さん─────……」
馬鹿ね、春夏。鷹峯さんはめちゃくちゃ記憶力が良いんだよ。
「銀座の高級クラブ『ヴォルボレッタ』で働いていて、源氏名は『碧羽』さん、黒髪に鮮やかなブルーのワンピースが印象的な、色白で美しい女性でしたよ」
〈っ……! 覚えてて、くれたんですか……?〉
春夏の声が震えていた。たぶん、その時に話した何気ない会話など忘れ去られていると思ったんだろう。
「私、こう見えて一度見たもの聞いたものは忘れない質なので」
鷹峯さんは通勤用のバッグに入っていた名刺入れから、一枚のそれを取り出す。
〈それっ……〉
「くれたでしょう? ちゃんと取ってありますよ」
漆黒の名刺にブルーに光る文字で『碧羽』と印刷された名刺を、鷹峯さんが私にも見せてくれた。裏側には、鷹峯さんの言う通り綺麗な女性の写真。
「これ、春夏なの……? 綺麗……」
私は思わず息を飲む。今まで声しか聞いたことのなかった春夏。いつでも強気で、私のことを励ましてくれて、優しくて姉御肌の春夏。
そっか……。こんなに素敵な女性だったんだね、春夏。
〈鷹峯さんになら、聖南のこと安心して任せられるわ……私はもう、サヨナラしないとね〉
春夏の気配が薄くなっていく。鷹峯さんもそれに気付いたのか、そっと私の肩を抱いて頭を下げた。
「ありがとうございます、春夏さん」
〈鷹峯さん……〉
「ありがとう春夏……春夏のおかげで私達は今、すっごく幸せだよっ……」
〈聖南……良かった……〉
これでやっと私……ゆっくり休んでも、良いわよね─────……。
周りの空気が、ふと軽くなった。
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