87人が本棚に入れています
本棚に追加
寿退社
「結婚おめでとう、鈴白さん」
「ありがとうございます!」
三月某日の土曜日。私、鈴白聖南は、商業施設の受付嬢としての役目を終えた。
残っていた有給をまとめて取ることが出来たので、年度末よりちょっと早めの退職。
職場の皆からもらった花束を抱えて、私はウキウキな足取りで帰路に着く。
「あ、もう荷積み終わったのかな?」
安い1Rのボロアパートの前には、引越し業者のトラックが停まっていた。ここは私が元々住んでいたアパートで、途中からは彼氏も同棲をし始めた思い出のたくさん詰まった場所。
業者のお兄さんは最後のダンボールを詰め込むと、運転席に乗り込みクラクションを一つ鳴らしてトラックは走り去っていった。
「航大」
礼儀正しくトラックに頭を下げて見送った人物に、私は声を掛ける。
私の彼氏、三浦航大、私より二つ年上の三十歳。昨年合コンで知り合った商社マンの彼と、私は六月に入籍、結婚式、そしてハネムーンを控えている。
幸せの絶頂だ。
「聖南おかえり! その花束は職場から?」
「ただいま! うん、そうなの。退職と、結婚のお祝いに」
航大の笑みに釣られて私も笑顔になる。彼が腕時計に目をやった。
「さて、俺達ももう出ようか。業者より先に新居に着いとかないと」
「うん、そうだね」
最後にアパートの中に忘れ物がないか確認してから、私達は航大の愛車に乗り込む。今月納車したばかりの国産のセダン車が、滑るように静かに走り出す。
「やっぱり快適だよな〜。ちょっと高かったけど、買って良かったよな!」
「うん、そうだね!」
乗り心地の良さに、思わず頬が緩む。まるで私達の順風満帆な未来を表しているかのようだ。
最初のコメントを投稿しよう!