寿退社

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私達が到着してすぐ、引越し業者さん達もマンションに到着して荷物を搬入してくれた。 元の安アパートより大分広くなったとはいえ、ここも単身者や二人暮し向けの物件でそこまで多くのものは置けない。 それに倹約家の私は質素な生活を送っていたこともあり、業者のお兄さん二人が五往復程度したところで全ての荷物の搬送が終わった。 ダンボールが積み重ねられた部屋。ここから私達の新生活が始まると思うとワクワクする。 そう思って航大を見ると、航大もちょうど私を見ていたのか目が合った。 そして自然と、唇が重なる。 「ん……」 触れ合う唇の感触が気持ち良い。別にキス魔って訳じゃないんだけど、愛し合う人とするキスって心地好くて大好き。 「んっ……だ、駄目だよ航大……これ以上は……」 キスがどんどん深くなっていって、もっともっと先まで続けそうな航大にストップをかける。 いくらなんでも、カーテンもない部屋で真昼間から致すのはちょっと気が引ける。 それにアパートで使っていたシングルベッドは二人で使うには狭くて、この際もっと広いやつに買い替えようと思い切って粗大ゴミに捨ててきた。そのため今はベッドすらない。 「分かってるって。今日の夕方には新しく買ったダブルベッドが届くはずだから、続きはそのあと……な?」 「うん……ふふ」 「なんだよ?」 お預けをくらった航大は、突然笑い出した私に首を傾げた。 「別に? ただ、幸せだなぁ……って思って」 私は、昨年亡くなったお母さんのことを思い出していた。 女手一つでここまで育ててくれたお母さん。花嫁姿を見せることは叶わなかったけど、病床のお母さんに航大を紹介した時、それはそれは嬉しそうにしていたのを覚えている。 お母さん、私絶対、幸せになるからね……。天国で見ててね……。 少しだけ気持ちが沈みそうになるのを紛らわすため室内に目を向けて、私はあることを思い出す。 「あ、そうだ。お隣と下の階の人に引越しのご挨拶行かないと。航大も行くでしょ?」 本当は引越しで騒がしくなる前に行ければ一番良かったんだけど、慌ただしく作業が始まっちゃったから仕方ない。 「いや、俺荷解きやっとくし、聖南行ってきてくんない?」 当然一緒に行くと思って誘ったんだけど、航大は寝室にする予定の隣の部屋で自分のダンボールを整理しながら私の申し出を断った。 「あ、うん。じゃあちょっと行ってくるね」 まぁ賃貸マンションだし、下手したら隣に誰が住んでいるかも知らなくて済んでしまう時代だ。例え二人揃って行かなかったとしても、挨拶に出向くだけマシだろう。 挨拶と言っても、このマンションはワンフロアに二戸ずつしかないので、最上階の我が家はお隣と下の二部屋だけ挨拶すればOKだ。 航大が荷解きしてくれている間に、さっさと行っちゃおう。 私はそう思い、事前に買っておいた挨拶用の菓子折りを持って玄関を出た。
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