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六階まで上りきると、夜風が体を冷ましてくれた。
少し乱れた前髪を直したいが、生憎両手が塞がっている。この通路は、風が吹き抜ける。今日はいつも以上に、髪がサラサラと風になびく。
しかし、すぐにそんなものは気にする必要はないと自分を叱責し、ただまっすぐ伸びる通路を歩く。
ここからが、またキツい。ただの真っ直ぐな道に、足のリズムが狂う。時々立ち止まりながら、ゆっくりとつきあたりを目指す。
一歩が重い。多くの人にとっては、未知の領域となるだろう。それを平然とさせる男は、頭のネジが飛んでいるのではないだろうか。
それに、一応、自分も女だし──。
明美は一人で首を振った。これ以上女扱いされると、虫唾が走る。そもそも、広江は馴れ馴れしくて、腹が立つ。
配達をするようになって数ヶ月経った頃から、突然「明美さん」と名前で呼ぶようになったのだ。
理由はわからない。突然のことに胸が撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
その日は帰りのトラックの中で頬を軽くたたいて、気持ちを落ち着かせた。
やがて冷静になると、馬鹿な自分に嫌気がさし、苛立ちが感情を支配した。
その日以来、なぜかよそよそしく接してしまう自分にも、苛立ちが募っていた。
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