今日もまた、小さな箱を持って

8/10
前へ
/10ページ
次へ
 六階まで上りきると、夜風が体を冷ましてくれた。  少し乱れた前髪を直したいが、生憎両手が塞がっている。この通路は、風が吹き抜ける。今日はいつも以上に、髪がサラサラと風になびく。  しかし、すぐにそんなものは気にする必要はないと自分を叱責し、ただまっすぐ伸びる通路を歩く。  ここからが、またキツい。ただの真っ直ぐな道に、足のリズムが狂う。時々立ち止まりながら、ゆっくりとつきあたりを目指す。  一歩が重い。多くの人にとっては、未知の領域となるだろう。それを平然とさせる男は、頭のネジが飛んでいるのではないだろうか。  それに、一応、自分も女だし──。  明美は一人で首を振った。これ以上女扱いされると、虫唾が走る。そもそも、広江は馴れ馴れしくて、腹が立つ。  配達をするようになって数ヶ月経った頃から、突然「明美さん」と名前で呼ぶようになったのだ。  理由はわからない。突然のことに胸が撃ち抜かれたような衝撃を受けた。  その日は帰りのトラックの中で頬を軽くたたいて、気持ちを落ち着かせた。  やがて冷静になると、馬鹿な自分に嫌気がさし、苛立ちが感情を支配した。  その日以来、なぜかよそよそしく接してしまう自分にも、苛立ちが募っていた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加