泡のように消えちゃったね

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「結婚、するんだね」 「うん……、ちいちゃんにはなかなか報告できなくてごめんね」 「ううん、あの……、お母さんにお手伝い頼まれてるの、思い出しちゃった。来てすぐにごめん、もう帰るね」 「えっ、でも話したいことがあるって」 「那生、ちいちゃんも受験生だから大変なのわかるでしょう」 こっそりと育んできたちっぽけな恋心にきっと気づいていたであろうおばさんが、なおくんの言葉を遮った。 わたしの心情を気遣ってか、見送ろうとしたなおくんを引き止めて、料理していた手を止めたおばさんがわざわざ玄関まで見送ってくれる。悲しげな表情にじくじくと目の奥が熱くなった。 玄関でぽつりと落とされた「ごめんね、ちいちゃん」という言葉が胸をぎゅっと締め付ける。 歪に震える口角を無理に上げて「大丈夫だよ」と笑ってみせると、おばさんはわたしを優しく抱きしめてくれた。 そのぬくもりがあまりにも暖かいから、目から滴が落ちそうになる。 慌てておばさんを引き離したわたしは「じゃあね」と告げて、痛いぐらいに唇を噛み締めて外に出た。 とぼとぼと無心で歩く。 何度も通い慣れた道が、果てしなく続くものに思えた。 迷子になって泣きじゃくるわたしを一番に見つけてくれたこと。免許を取ったなおくんの助手席に初めて乗ったこと。テーマパークで遊んだこと。お母さんと喧嘩したときになおくんが一緒に謝ってくれたこと。夏休みの宿題を一緒にしたこと。 いつもなおくんは我儘を快く聞き入れてくれて、いつだってわたしにとってのヒーローだった。 そんな数え切れないほどの思い出が、走馬灯みたいに次々と頭の中を駆け巡る。 今すぐに死んじゃうのかなってぐらい、呼吸をするのもままならない。 目の奥は熱いし、鼻先もツンと痛む。 「ばかだなあ、わたし」 およめさんにしてね、って。 あの頃話したこと、なおくんはもう忘れちゃったんだね。
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