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ずっと大事にしていたぬいぐるみがある。
いつからか、家にあった灰色のくまのぬいぐるみ。家族と喧嘩をした時も、高校受験の時も、就職が決まった時も、ずっと。
ぬいぐるみが私の人生において唯一の癒やしだった。いや、そうであったのだと信じていたいのだ。平凡な私の人生の中で、それだけが初恋のごとく、永遠にみずみずしいままであるのだと。良くも悪くも私を翻弄するイノセントなやつ。
とはいえ、もっともドラマチックだったのは、私の初恋の相手がさっさと早死にしたことである。
曽我大地が亡くなった。
28歳だった。大手電子機器メーカーの出世頭で、パワフルで勝気な男だった。惜しい人材を亡くしたと、彼の実家の四国には東京人が多く集まった。11月22、本日が告別式だ。
「甲斐さん、大丈夫なの?」
「ええ、まあ学生時代の友人というだけですから」
「でも、恋人同士だったって聞いたわよ」
「あは、なんですかそれは」
午前5時、ロビーに設置してあるコーヒーマシンに豆を補充する。ビジネスホテルの土日はさほど忙しくない。平日に忙殺されて、こうやって土曜日の早朝におしゃべりしながら、死んだ親友の話を笑って聞く。
「だって、吉本さんが言っていたもの。幼馴染で、電話もメールも頻繁にやり取りしていたって。そんなのもう彼女じゃない。だって、20年のお付き合いよ。ふつうじゃないわ」
「なんですか、それは」
笑いながら、豆の袋をマシンの隣でとんとんと上下させる。金曜日の客はタダ飲みコーヒーをよく飲んだらしい。袋の半分まで減った珈琲豆の発注を考える。担当の吉本さんの出勤日を待つより、この後すぐに行おうと思った。
「こんなこと言うとあれだけどさ」
倉本さんはタメ口で話してくる。36歳で私より年上だからとそうしているらしいが、立場上正社員である私がチーフマネージャーで、上司である。けれど、私が嫌だと思わなければ、きっと人間関係上これがいい。
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